5話 現世の婚約者殿の本音は
「………えっ?!…カイ様が?………。」
「はい。客間にてお待ちでございます。エル、マリル、直ぐに支度を。」
「「…あっ、はい。かしこまりました。」」
暫し固まっていたフェリシアンヌは、漸く声を出して確認した。ラマダは端的に答え、素早く彼女付きのメイド達に、的確な指示を出して行く。フェリシアンヌだけが1人、話について行けない中で、メイド達は素早く動き出していた。
フェリシアンヌの普段着から、お客様に会う際の衣装へと、熟練のメイド達の手によって、整えられて行く。彼女は宛ら…着せ替え人形のように、メイド達にお世話されながらも、彼女の思考は未だグルグルと、回転していたのだった。
あの手紙は…書いてしまったけれど、出してはいない筈ですもの。そう思いながらも、恥ずかしい気持ちが膨らんでいて、どういう顔をして会えば良いのかと、考えていた。今直ぐにでも会いたいような、恥ずかし過ぎて会うのに戸惑うような、乙女心であったりする。
支度を終えると、メイド達に促され、フェリシアンヌは覚悟が出来ぬ状態のまま、客間へと急ぐこととなった。メイド長がノックをし、中から間違いなく彼の声が聞こえると、フェリシアンヌはメイド長が開けてくれた扉から、吸い寄せられるように…中へと足を踏み入れ…。
部屋の中では確かに、カイルベルトがソファに腰掛けて待って居た。彼の真っ直ぐな瞳に射抜かれ、フェリシアンヌの鼓動は早鐘のように鳴り響いていた。周りの人間に、聞かれてしまうのではないか…と、思う程に。どくんどくん…と。
フェリシアンヌがカイルベルトの前に座ると、彼は執事やメイド長を真っ直ぐに見て、ハッキリとした拒絶の言葉を紡ぐ。言葉口調は、お願いするようなやんわりとしたものではあったが、視線は…その反対であり、拒絶するという強い意志が、感じられるものであり。
「悪いが君達全員、席を外してくれないか?…今のフェリの本音を、聞きたくてね…。皆がいる前では、彼女も本音を漏らしてくれそうにないんだ。」
普段ならば、執事もメイド長もメイド達も、皆が難色を示したであろう。しかしこの時は、カイルベルトの態度に皆も納得が出来た。元婚約者殿とは異なり、誰にでも誠実で紳士的な彼は、ハミルトン家の使用人からも、絶大な支持を得ていたのだった。誰もが、中々会えなかった婚約者同士を、そっと見守りたいと願って。
「ご了承致しました。ですが、部屋の外では我々も、待機させていただきます。何か御座いましたら、直ぐにでもお呼びくださいませ。」
執事であるロイドが、そう代表して答えると、メイド長始めメイド達は、先に部屋の外に素早く出て行き、執事も一礼をして去って行く。部屋の中には、カイルベルトとフェリシアンヌだけとなり、暫しの沈黙が訪れた。フェリシアンヌは緊張していたが勇気を出し、おずおずと自分の婚約者に話し掛ける。
「…今日は、どうなさったのですの?…訪問のご連絡もなく、早朝からおいでになられたのは、何か…緊急のご用事ですの?」
「その事なんだけど…ね。」
彼女の疑問に対し彼はそう言い掛け、突如としてソファから立ち上がり、彼女の側に歩み寄って来たと思うと、彼女の横に座り直したのである。これには彼女も、内心では心臓が飛び出しそうな程に、驚いていた。正式な婚約者になってから、まだ日も浅く、手を繋いだことがある程度であった。況してやこうして、2人っきりになったことも一度もなく、これ程近くに座ることもなかったのだ。常に向かい合わせで座っていた。
……物凄く、近い。近過ぎますわよ…。恥ずかし過ぎて慌てて目を逸らす、フェリシアンヌに。カイルベルトは至近距離から、「会いたかった…。」と言葉を漏らすようにして、彼女をギュッと…強く抱き締めたのである。
フェリシアンヌの頭の中は、真っ白になる。こうして抱き締められたのは、実は…初めてではない。婚約を正式に受けた時も、こうして抱き締められた。但しその時は、彼に抱き締められたと言っても、軽い抱擁だった…と感じていた彼女である。しかし今日に限っては、それとは…違う気がするのは、どうしてなのだろうか。
初めての強い抱擁にも拘らず、何となく…懐かしく感じているのは、あの時に書いた手紙の所為だと、彼女は思い込んでいた。無意識に前世の思い出を引き摺る彼女には、何処かで彼を…ある人物に重ねてしまって、見ていると。胸をチクッと痛める、彼女は。カイ様には、嘘を
「フェリが…会いたいと、手紙に書いてくれたよね?…何か遭ったのではないかと、気が気ではなかったよ。だから手紙が届いて直ぐに、飛んで来たんだ。」
「………えっ?…まさか……書き直す前の手紙が、間違えて…届けられたの?」
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思いがけないカイルベルトの言葉に、フェリシアンヌの思考は一瞬にして凍りついた。まさかの書き直した手紙ではなく、書き直す前の手紙が…届けられたの?…いいえ、そのようなことは絶対にないですわ。わたくしもよおく確認してから、メイドに手渡しましたもの…。では何故、一通目の手紙が届いておりますの?
「ああ…。そういうことだったのか…。君が出す筈のない手紙は、今朝になって届いたんだ。私の手紙に対する返事の手紙は、昨日届いたにも拘らず。つまり、また別の異なる人物が届けに来た、ということだろうな。」
フェリシアンヌの端的な言葉から、思い当たる節のあったカイルベルトは、彼の推測も含めて事情を説明してくれる。これにより、彼女にも思い当たる節があり…。漸く、書き直した筈の手紙も届けられてしまったのだと、今になって気付く。
1通目の手紙を読まれない為に、でしたのに…。何の為に、2通目の手紙を書き直したのやら…。結局は、読まれてしまって…。あの…小っ恥ずかしい手紙を……。
フェリシアンヌは顔を真っ赤に染め、穴にでも入りたいような気分になる。あの後直ぐにでも、破り捨てれば良かったわ…。少なくとも、このような間違いは起こらなかったのに…と、彼女は激しく後悔した。
しかし、彼にとっては思わぬ形で、彼女の本心を知れて、嬉しくて仕方がなくて。彼女が本当は誰を思い、あのような手紙を書いたのか、彼には一目瞭然であった。彼に前世の記憶がなく、若しくは…彼女の想い人が別人であれば、彼もヤキモチを焼いたであろう。勿論、彼女にはまだ事実を、言うつもりはないが。
前世の俺を、ここまで愛してくれてありがとう。前世では、俺も…幸せだったよ。君と出会えたことが、俺の人生を変えたんだ。そして、現世の人生も。君が居ない世界になんて、転生しても意味がない。俺の人生には、君の存在が不可欠なんだ、絶対に…。
転生者である彼にとり、同じ転生者という事実以上に、前世の彼を理解していた彼女は、世界を超えても大切な存在であった。前世も現世も、彼の外見に一切関係なく、彼自身を見つめて彼を愛してくれるのは、彼女だけである…と信じていた彼。前世の彼女は今でも、彼の心の支えになっていた。例え、彼に前世の記憶が戻らなくとも、彼女に惹かれた可能性は大いにある。
前世と現世では、彼の姿形だけではなく性格も多少異なっており、前世の彼は素直で誠実な青年であり、恋人の彼女にも結婚前に手を出すことはなく、日本人らしく手を繋ぐことさえ恥ずかしがっていた。しかし今の彼は、男性としても自信を持っており、この国の貴族の決まり事がなければ、抱擁ぐらいでは済まなかったかもしれない。但し、婚約者であっても節度を守ることに関しては、ギリギリ守るであろうが…。共通の知り合いが知れば、前世の彼女と現世の彼の態度が、逆転したように感じるかもしれない。
「…嬉しかった。(久しぶりに)君の本音が知れて。会いたいのは、私だけかと思っていたからね。」
「そ、そんな事は…ございませんわっ!…わたくしも本当は、お会いしたかったのですわ。…ですが、貴族として育ちました以上、女性の方からお会いしたいなどとは、申し上げられませんわ。」
彼女の前世を知るカイルベルトからすれば、前世はよく言っていたよ…と、言いたくはなるだろうが、自分からは正体を明かさないと誓った以上、それは…言えないセリフだった。彼女も言っているように、彼もこの世界に生まれ育ち、性格の本質そのものは変わらなくとも、環境の変化で変わった部分もある訳で。
自分が同じ思いをしているカイルベルトは、フェリシアンヌの言いたい事がよく理解出来る為、彼女の言動を下品だと思わないし、
自分達の想いを確かめ合った、カイルベルトとフェリシアンヌは、折角会いに来たのだからと、ハミルトン家で彼も共に朝食を取った後に、公爵家に帰って行った…と言いたいところであったが、フェリシアンヌの悩みが彼にバレてしまい、朝食の前に色々と聞かれてしまっていた。
フェリシアンヌの悩みが、終了した乙女ゲームのヒロインの所為…と知り得た彼から、「私も同席をする。」と言われてしまう。ヒロインから日程の連絡をもらい次第に、彼にも連絡することとなり、漸く彼はすんなり帰って行く。
しかし、今の彼はそう甘くない。念の為執事にも、ヒロインからの手紙が来たら知らせるように…と、一言言い添えていたのだ。フェリシアンヌが1人で対決することのないようにと、予防線を更に敷いていたのである。
彼はよおく理解していた。前世の話に加え、この世界が乙女ゲームの世界だとは、転生者でもない彼ら使用人に、知られてはならない。ヒロインとの話し合いには、転生者しか同席出来ない…のだと。
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前回からの続きで、主人公と婚約者との遣り取りです。
書き直したはずの元の手紙が、カイルベルトに届いてしまったことに、漸く気付いたフェリシアンヌです。
前世とは性格がちょっぴり違う、フェリシアンヌとカイルベルトですが、前世の性格も記憶と共に…徐々に出て来ております。環境が異なる為、今のところは…元の性格に乗っ取られる可能性は、低いかと…。自分が過去の自分に乗っ取られる…というのも、変ですけどね…。
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