1話 悪魔から届いた手紙
ハミルトン侯爵家令嬢であるフェリシアンヌと、キャスパー公爵家嫡男であったハイリッシュの婚約が、正式に破棄されてから半年と経たないうちに、彼女は新しい婚約を結ぶこととなる。アーマイル公爵家嫡男であるカイルベルトと、正式に婚約を交わすことになったのだ。通常は世間体も考えて、少なくとも…半年以上経ってから、正式な婚約となる筈であったが、これ程に…短期間で事が進められたのには、それなりの
以前の婚約破棄には、フェリシアンヌ側に汚点などは1つもなく、また国王他…王族全員が、フェリシアンヌを擁護した為に、婚約破棄をされた側にも拘らず、ハミルトン侯爵家には破棄された途端に、新しい縁談が次々と…舞い込んで来たのである。元ヒロイン…アレンシアとは異なり、フェリシアンヌの気品ある言動並びに、彼女の美しい容姿は、王立学園の男女共に、魅了してしまっていたからだ。
また、新しい婚約者カイルベルトも、この国一番と言ってもいい程のイケメンであり、婚約前から非常にモテていた。然も、彼は男女共に信頼があり、人気のある人物という、優良物件でもあったのだ。但し、これまでに婚約をしようとせず、彼が男色家ではないか…と、噂された時期も存在するのだが…。それでも、婚約が偽装だと疑う者は、今は…誰もいないことだろう。
その理由ならば、この2人を少しでも観察すれば、一目瞭然である。カイルベルトの溺愛ぶりは、婚約前から多くの生徒が目撃しており、誰もが勝ち目がない…と、肩を落とした程である。そして、フェリシアンヌも同様に、彼には…照れた様子で満面の笑顔を見せるなど、素顔で接していたのであって。これには、2人を狙う令息令嬢達も、諦めざるを得なかったのだ。
このように、誰もが認める…お似合いのカップル誕生に、以前の婚約者であるハイリッシュと、彼に横恋慕したアレンシアの2人のことは、すぐさま…忘れられてしまったのだった。まるで、最初から存在しなかったが如く…。この国の国民の意識から、忘却の
以上のような事情で、フェリシアンヌとカイルベルトが婚約したのは、新学年に進級してから…僅か、1〜2ヵ月経った頃である。フェリシアンヌが2年生、カイルベルトが5年生、となってからの婚約である。
婚約してからは暫くの間、2人も周りの人々も、落ち着いた日々を過ごしていた。その為、フェリシアンヌは、もう…乙女ゲームは終了したものだと、すっかりと安心し切っていたのである。そして、これはカイルベルトも、王太子達前回の攻略対象に当たる人々も、同様であり…。
そして、フェリシアンヌとカイルベルトの2人は、前世の記憶を持っている転生者でもあって、共に生きて来た夫婦でもあった。但し、現世のフェリシアンヌはこの事実を、未だに…知らされていないのだが。気付きもしないとは…。
前世のフェリシアンヌは、ヨーロッパ系の西欧人である。偶々自宅に、日本からの留学生を受け入れたことから、日本に興味を持ち、その時の留学生の家に、今度は彼女が逆に留学した。その留学中に知り合ったのが、前世の日本人であったカイルベルトである。彼女が先に好きになり、告白も彼女から…して、2人は付き合うようになって、結婚も彼女からの逆プロポーズであったのだ。そのぐらい、前世の彼女は、アグレッシブな女性だった訳で…。
前世の2人の共通点は、ゲームなどの2次元の世界に、嵌っていたことであった。漫画にアニメ、そしてゲームである。2人が知り合った切っ掛けも、同人誌の販売会場で。前世のフェリシアンヌは、留学先の大学での日本人の友達に、連れられて行ったイベント会場で、別の大学の同人誌サークル部員として、会場で販売等を担当していた前世のカイルベルトと、運命の出逢いをしたのだ。簡単に言えば、販売側の彼と、お客側の彼女が。
その後に再会する機会があり、
ところが、この世界に転生してからは、前世との環境の違いにより、彼女と彼の立場は逆転した。彼女は、淑女らしく振る舞うよう厳格に育ち、彼は前世と異なる環境から威厳を持ち、その結果として、彼女の積極的な部分は無くなり、彼も反対に積極的な人間へと、変化していた。元々の性格は全く変わっていなくとも、環境が多大に影響することも、また然り……なのだろう。
フェリシアンヌが、ハイリッシュに婚約破棄宣言されるまでは、全く接点のなかった2人ではあるが、カイルベルトはその婚約破棄の瞬間を見て、もしかしたら…前世の妻かもしれない…と、そう期待して彼女に接近したのである。そうして、彼の勘が当たって、彼女は…間違いなく、彼の前世の妻で……。
彼は漸くこの世界でも、運命の人を見つけたのであった。
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婚約してからは暫くの間、落ち着いた日々をのんびりと過ごしていた、フェリシアンヌ。「もう、乙女ゲームは終了したのよね~。」と、感慨深く考えたりして、すっかりと安心し切っていた、ある日のこと。1通の何の変哲もない手紙が、彼女の屋敷に届けられたのだ。
この中世風の世界には、前世でいうところの郵便配達…というシステムはない為、手紙を出した家の人間(使用人若しくは本人や家族)が、手紙を届けたい家へと、直接手渡しをしに行く形で、配達することとなる。今回も、そのようにして運ばれて来た手紙なのだが、問題は…その手紙が何処から運ばれて来たか…ではなくて、誰から届けられたか…である。フェリシアンヌの実家ハミルトン侯爵家では、この手紙を持ってきた人物が名乗った家柄に、大騒ぎとなっていた。何故ならば、その家柄が…ハミルトン侯爵家にとって、鬼門となる家であるからだった。
「突然、申し訳ありません。僕は、ノイズ家の使用人で、お嬢様からのお手紙を頼まれて、こちらにお持ちしました。申し訳ないですが…こちらのお嬢様に、お取次ぎしてもらえませんか?」
ノイズ家と言えば、現在の王都で一番勢いのある商家だ。前世でいうところの中小企業で、東証二部に上場を目指している会社、というところか…。この世界…いやこのカルテン国では、商家は…貴族ではなく、庶民である。そして、ノイズ家は…ハミルトン侯爵家にとっては、縁起の悪い家柄なのだ。何故ならば、モートン子爵家の娘婿となった、アレンシアの父親の実家が、ノイズ家なのだから…。
そして、このノイズ家には元ヒロイン・アレンシアが、今現在…住んでいるのだ。アレンシアは婚約破棄事件で、モートン家を勘当され、ノイズ家の養女となったのである。要するに、アレンシアの父親である祖父が、彼女の養父となっていた。
ハミルトン家を訪れた使用人は、アレンシアからの手紙を持って来たようだった。ノイズ家でお嬢様と言えば、アレンシアしか…該当しない。ノイズ家には何故か、男の子ばかりが生まれている。ハミルトン家から見れば、娘の婚約者を奪った憎い相手である。元婚約者が如何に馬鹿な人物で、娘が愛する人ではない…としても。娘を傷つける相手は誰だろうと、簡単に許すことなど出来なくて。
ノイズ家の使用人と話した侯爵家侍従が、侯爵家の執事であるロイドに引き継ぎ、ロイドはこの家の主人である侯爵に、話しを通す。当然、フェリシアンヌの父親でもある侯爵は、難色を示した。本来ならば…手紙を燃やされても、ノイズ家は文句が言えない立場である。
「必ず、ご令嬢に手渡してくるように…と、お嬢様から言われてます。」と、ノイズ家の使用人は言い張っており、執事であるロイドも、対応に困惑していたのだ。
「お嬢様からは、大事なお手紙だと聞いています。受け取ってもらえないだろうが、これだけは絶対に受け取って欲しい…と、お嬢様が言ってました。今のお嬢様は、自分が犯した罪を反省して、お手紙にも謝罪を書いてあるそうです。だから…お願いします。直接、手渡すことをお許しください。」
急に押しかけて来て、謝罪の手紙だから受け取れ…とは、図々しいにも程がある。侯爵家の誰もが…そう思っていたが、侯爵は少し考え込んだ後、「フェリシアンヌを呼びなさい。」と指示を出す。うやうやしく礼を取ると、ロイドは直ぐに他のメイドに指示を出し、メイドは足早に、フェリシアンヌ専用メイドのエルに伝えに行く。エルから言伝を聞いたフェリシアンヌは、父親の執務室に向かい…。
「お父様。緊急のお呼び出しとは、どうなさいましたの?」
「お前宛に…手紙が届いた。直接お前に手渡したいと、使用人が待っているが、どうする?」
「……はい?…わたくし宛のお手紙?…直接受け取るのは、別に構わないのですが…。一体、
「ノイズ家の…娘だ…。」
「…ノイズ家?…王都で、貴族にも好評な商家かしら?…商家の令嬢が、何の御用かしら?…わたくし、特に…面識はございませんが…。」
「……お前は…知らないのだったな。モートン子爵令嬢の父親は、ノイズ家の息子だ。去年の婚約破棄の件で、モートン子爵令嬢は…祖父の養女となったのだ。」
「…えっ?!……つまり、ノイズ家の令嬢とは…アレンシア様?」
「……そういうこと…だな。」
「………。」
フェリシアンヌには…悪魔からの手紙が、自分に届けられたような気分となった。今更、何の御用ですの?…そう思うのは、当然だった。フェリシアンヌも流石に、即答が…出来なかった。
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今回から、本編が始まります。本編では基本、第三者視点としています。
前半は、これまでのあらすじのようなものになっていまして、振り返ってという形式を取りました。後半からが、今回からの内容になっています。続編ということを意識しつつ、前半では、あらすじのように纏めてみた次第です。
後半からが、主人公側の新連載部分です。早速、新しいキャラが登場しています。
前作では、出番のなかった主人公の父親(名無し)も、初登場しています。
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