現代悪魔の実験ノート1 偽装現実

@vanlock

第1話 悪魔の実験

”悪魔の実験”。人道・倫理にもとる、あるいは多大な代償を伴う実験。と、言う様なモノを想像していたが、どうやらそれは人間本意の話だったらしい。


実際に悪魔が行う実験というのは、もっとこう・・・


「ちっちぇー」


思わず悪態が漏れる。


無理もないだろう。自らを悪魔と名乗る雇い主が指示した実験の目的は、ある転売屋への嫌がらせに過ぎなかった。


「特定の人間を懲らしめたところで、そういうのは無くならないんじゃないですか?」


「世直しがしたければ人間の手で為してください。私はただ、自分の目的をかなえるだけですので。今回はちょうど実験台を探していたところに、私を謀る愚か者が現れただけのことです。」


問いかけに、高く澄んだ声が帰ってきた。声の主は雛坂ひなさか 夜風よかぜと日本名を自称している。本人が言うには齢120を数える悪魔の一族らしいが・・・。どう見ても傍目には中学生だ。


身長は150前後、肩口まで伸びた黒髪は、どちらかというと悪魔と言うより、座敷童といった印象を受ける。その女の子が知らずに高額で手配してしまった逸品というのが、どこぞの本格麦焼酎だというのだから、自称120歳というのは嘘では無い様だが、やはり見栄えが、マズいよな。


「いいですか新橋さん。こちらの酒蔵はまだまだ無名ですが、杜氏とうじ自ら生物工学の分野まで学び、前例に頼らない革新的な酒造りをしていてですね。って、聞いていますか?新橋さん!」


この新橋というのが自分、新橋しんばし 周一郎しゅういちろうだ。栄光ある雛坂研究所のスタッフ第1号に任命された、らしい。せっかく就職したそこそこの大企業、1年そこらで退職してふらふらしていたところを捕まえられた。ちょうど良い働き口があると言われたわけだが、正直家庭教師か何かだと思っていた。


「はいはい、聞こえていますよ。というか、悪魔なら脳に直接、とか語りかければ良いんじゃないですか?」


「あ、良いんですか?わたしはてっきり、そう言うのは人間の皆さん、嫌がるんじゃないかと思っていたので。」


「いや、できるのかよ。やめてください、聞こえていますんで。」


「できますよ?面接の時にもお話しましたが、わたしの専門は幻覚の一種なので。いわゆる幻聴の応用で、・・・ではなくて。白露樹はくろじゅのお話に戻しましょう。」


白露樹。業界の新鋭、あぶみ酒造が送り出した渾身の新作銘柄、とのことだが、正直名前は売れておらず、製造数が少ないとは言えそれなりにお手軽な価格設定となっている。それを本数限定というフレーズにつられた転売屋が買いあさり、その転売に酒飲みが捕まったという構図だ。


「つまりですね。私は生産者への正当な対価をもって味わいたいのですよ。正当な取引、すなわち契約というのは悪魔の矜持に関わるものなんです。そこに不当に介入して利益を得るものには、相応の報いを享受していただきます。」


「まあ、なんとなく言いたいことはわかりますよ。それで、いったいどうやって相応の報いってヤツをお届けするんです?郵便局じゃそういったサービスはやっていませんよ、多分ですけど。」


「さすが新橋さん、話が早いですね。私が見込んだだけのことはあります。先ほどもお話しました通り、今回はあくまで、実験にちょうどよいネズミが引っかかっただけのこと。つまり、当研究所ではもともと試したい理論というか、すでに装置まで完成しているものがあるのです。はい、これどうぞ。」


などと、軽いテンポで手渡されたのは、・・・VRゴーグルだろうか。それも企業の展示会で出している様な本格的な軽量タイプだ。ただし、せっかく軽量化したというのに余計なモノがついている。


「なんで猫耳なんですか?」


「はいっ、かわいいですね。」


同意を求めるというより、肯定を押しつけられた。


「そうですね。所長には大変お似合いになると思います。」


さりげなく拒否の意向を伝えているつもりだが、まあ当然伝わるはずもなく。


「本当ですか?やった、デザインに3日間掛けた甲斐がありました。しかし残念ながら、術者である私はオペレーションに専念しなくてはならないので、ここは新橋さんにお譲りするしかないのです。はぁ。」


「いやため息をつきたいのはこっちの方ですよ。猫耳をつけたい一般男性がいないとは言いませんが、限りなく少数派でしょうよ。」


「なるほど。つまり、わたしは大変レアな人材を獲得できたのですね。」


「前向きすぎるっ。いや、もしかして何かはぐらかしています?デザインは何か危険が伴うことのカモフラージュとか。本当は何か注目されたくないところが・・・」


手に取ったゴーグルを見回してみるが、特に異常は無い。


「いいえ。ただの趣味です。スタッフと価値観を共有できるというのは幸先がよいと思ったのですが、残念ですね。」


ようやく拒絶の意向は伝わったらしい。しかしまあ、やはりというか、猫耳を取り外すと言う選択肢はないらしく、強引に話が進む。


「それでは、早速ですがプロジェクトの概要を説明します。」


「じゃあ耳は外しておきますね。」


「にゃっ!・・・3日、かかったんですよ?・・・。」


「はぁ、わかりましたよ。説明、お願いします。」


果てしない遠回りの末、ようやく説明がはじまる。揚げ足をとらせてもらうと、全くもって早速ではない。


「えっとですね、今から新橋さんには、過去に干渉してもらいます。具体的には2018年の10月ですね。ここからターゲットへの接触をはじめていただきます。新橋さんは信用出来る同業者として振る舞い、現在だからこそ知り得る情報をそれとなーく提供します。十分な信用を得たところで、最終的に現在の商品に関わる嘘の情報を教えて、現実で不要物をドカンと買い込んでもらっちゃおう、という作戦です。」


「過去に干渉、って。さらっと凄いこと言いますね。悪魔ってのは、そんなことまで出来るんですか?」


「出来ませんよ?正確には、今までは出来ませんでした。私の研究が形を為すまでは、ですね。」


なるほど、今回はその実験が主目的ということか。転売屋への仕返しは本来オマケというのも納得できる。が、しかし。


「さすがにタイムマシンってのはなんていうか、胡散臭くないですか?」


一瞬言葉を選ぼうとしたが、他にふさわしい形容詞も思い浮かばず不躾ぶしつけな問いを飛ばす。その問いには回答がかえって来たものの、どうにも要領を得ない。


「タイムマシンではありませんよ。さすがに時間を超えるのは不可能です。わたしだって、出来ることならスーパーカーを改造して過去の世界にひとっ飛び-、とかしてみたかったのですが、理論を詰めれば詰めるほど、過去へ遡及した際の余波のシミュレーションが成り立たないというか、パラレルワールドという事象がそもそも存在しえないことを突きつけられるばかりで。」


「いやでも今、過去に干渉するって。」


「はい、あくまで干渉するのみです。実際に過去にいくわけではなく、まあ擬似的には行ってもらうことになるわけですが、これ以上は説明するより体感していただいた方が早いですね。とりあえずそのゴーグル、被っちゃってください。」


過去に遡ることと、過去に干渉することにどれほどの差異があるというのだろうか。

そもそも、後者が可能であるという時点で人知を超えている以上、前者は不可能だと断言されても、それはそれで納得しがたい。


となると、説明だけでは理解出来そうにないという点には同意せざるを得ない。


「これでいいんですよね?どうです?やっぱり猫耳は、ない方がいいでしょう。」


「うぇっと・・・。いや、可愛いです。私の作品が可愛くないはずはないです。可愛い、カワイイ、シンバシサンはカワイイ・・・。」


「自分に言い聞かせないでくださいよ!もういいから、とっとと実験、終わらせちゃいますよ。」


「ハッ、そうでした、これは失礼。ではオペレーション開始します。システムリンク・偽装構築、介入開始。」


夜風がそう宣告した直後、全身の感覚がまどろむ。なんだこれは、ゴーグルで映像を覗きこむわけじゃ・・・ない・・・。

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