町と鬼王神社



 とある東京の郊外に、中道商店街を中心に栄えているその小さな町はある。


 その町は、商店街の外れの鎮守の森に建てられた、鬼王神社に見守られるようにして発展してきた。

 中道商店街は、JRの駅前に近く、さほど高くない雑居ビルが整然と建ち並び、飲食店や衣服店、総菜屋や自転車屋といった個人商店が軒を連ね、小ぶりのスーパーマーケットと共存している活気ある商店街だ。その中心となるのが昔ながらのアーケード街と鬼王神社の表参道だが、今や町中が中道商店街と呼ばれ、範囲はものすごく広い。

 この商店街が、バブル経済崩壊後の不景気にも負けず、シャッター商店街にもならずに現在まで活気があるのには理由がある。

 鬼王神社の氏子総代であり、付近一帯の地主であり、町長であり、不動産屋を営む神馬じんま権三ごんぞうが、大型ショッピングセンターの参入を認めなかったのと、近くの駅には繁華街らしい繁華街がなかったので、名店と呼ばれる蕎麦屋や鰻屋、中華料理屋や居酒屋、おしゃれな各国の料理店などを積極的に誘致して安価で提供できるように工夫した。その結果、手軽な値段で味わえるグルメスポットとして、人が集まるようになったからだ。

 また、神馬家は代々その土地の領主として、農家を手厚く保護してきた。

 更には和紙の製造業や織物業、製糸業などの産業も積極的に誘致し、近代になってからは伝統業に加えて、アパレルや機器製造業などを誘致した経緯もある。

 権三の代になってからは、早くから少子化に備えて、海外労働者も分け隔てなく奨励し、自社管轄のアパートに安く住まいを提供するなど、手を変え品を変え、町を発展させてきた 。


 それには、権三が神馬家代々の教えを棚子や町民たちに貫いてきた事が礎になっている。

 その教えとは第1に『町は家族』そして第2に『子どもは町が育てる』この2つだ。

 加えて、神馬家が代々鬼王神社の氏子総代としてだけでなく、祀ってある鬼王様の霊力を受け継いだ家系である事も確かだが……。


 鬼王神社には宮司がいない。

 他の小さな神社と同じように、行事やお祭りがある時に兼任している宮司を呼び、その任をお願いしている。

 神社の庶務は、普段は氏子総代である権三を中心に神馬家が取り成している。

 鬼王神社も神馬家の土地に建っている。

 入り口にある大きな鳥居から100メートルほど広場を歩くと3段ほどの石階段があり、そこに続く鎮守の森を通って少し歩くと、境内がある。

 境内の左手には、園長でもある権三が経営している鬼王幼稚園が鎮守の森に囲まれるように隣接し、石畳の参道に広場、中心奥に神殿というレイアウトだ。


 ── ── ── ──



 今夜は満月。



 辺りが次第に暗くなり森がざつきだすと、それとともに鬼王幼稚園は盛り上がりはじめた。

 そう、今夜は年長組コアラ組のお泊まり会だからだ。

 年に一度のワクワクいっぱいの時間が始まったのだ。

 早めの夕食──勿論メニューはカレーライス。子どもたちが大好きなこのメニューも、権三が手配したフランス料理の名コックが作るから半端ない。

 食事が終わると花火大会、そして、先生たち総出のお笑いいっぱいの出し物も終わり、参加していた保護者も帰り、子どもと担当の先生だけになり、更に大盛り上がりだった。


 それをずーっと、盗っ人三人衆は森の中から見ていたのだ。


 今夜泊まるのは体育館、布団をずらりと並べて、26名のクラスメイトに加えて担当の先生3名と一緒に寝るのだ。

 みんな各自で歯を磨いて体育館に集合。

 その中にいるのが、神馬さくら、そう、神馬権三の孫である。


 友だちの人種は多様だ、フイリピン、中国、アメリカ、ブラジル……クラスメイトのおよそ半数が、純粋な日本人ではなかったが、子どもたちには何の問題もない。その中でも色の黒いアメリカ人のボブくんとはさくらは一番の仲良しだった。


 ──それはちょっとした用事で、先生たちが体育館からいなくなった時に始まった。


 ボブくんが最初に枕をなげた。

 それがさくらに当たったのだ。

「誰? ボブがやったの? 」

 ボブはにやりと笑うと、その寝巻きから見えてる黒い腕を、ターンテーブルをこするように動かして、ラップ調に言った。

「♪ノーノー、さくらが、さくらが、隙だらけ、おっ、隙だらけ! 」

「なにおー」さくらは怒ると、枕を投げ返したが、コントロールが狂って中国人のふーちゃんの体に当たった。

「きゃー」ふーちゃんは、枕を取り上げると、投げ返すがコントロールが狂って韓国人のいーくんに当たった。

「いてー、おおおお!」いーくんの雄叫びが全員に伝染すると、

『おおおおおー!』枕があらゆる方向に飛び交った。

 人種など関係ない、その場にいた子どもたちは枕投げに熱中し始めた。

 きゃっきゃ言って大騒ぎだ。

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