第12話 決戦の地へ 3
「炎」に派遣されている人々には、砦を建造する職人の他に、環境や資源などを調査するための研究員も含まれる。
生態系にかなりの違いがあるため「水」の人間の食料になるものはあるのか。「水」側の植物は育つのか。
鉱物やエネルギー資源は同じものか。もし違えば「水」の技術が流用出来るのか。
様々なものを調査しているのである。
***
ナナカの父親は建築関係の仕事をしている。今回の大プロジェクトに参加しており「炎」に派遣されていた。
可能な限り早急な完成を求められているので、こちらの世界に寝泊まりしている職人も少なくない。ナナカの父親もそうであり、母親からの差し入れや洗濯物の回収、身の回り品の補充などで「炎」を出入りしている。
現地に入るとどこも人手不足なので、ナナカは父親の手伝いや調査員の手伝いなども進んでやっている。優等生の鏡である。
ナナカは自分の事情をひと通り説明すると、サクラをジッと睨んだ。
「で?サクラはこんな所で何をしてるのよ?」
「えーと」
サクラはポリポリと頬を掻いた。
「境界軍に入隊したの」
「あんた、試験落ちたんじゃないの?」
サクラの言葉に、ナナカは「なんでよ?」と驚いた。
「ちょっと、いろいろあって」
サクラは、アハハと誤魔化した。
「サクラ!こんな所にいたのか」
ちょうどその時、ムサシの声がした。
「ついてきてないから、心配したぞ」
サクラがついてきていない事に気付いたムサシが、探しに戻って来たのだ。
「ムサシさま?」
ナナカはふたりを交互に見た。
ムサシは境界軍の英雄であり、皆んなの人気者だ。当然ナナカも知っている。だがどうして、サクラと一緒にいるのだ?境界軍に入隊したからといって、そんなに簡単にお近付きになれる存在ではないはずだ。
「なんだ、友達か?」
ムサシはナナカを見ながら、サクラに尋ねた。
「うん。基礎学舎で、いろいろ助けてもらって」
「私、ナナカと言います」
ナナカは姿勢を正すと、礼儀正しく自己紹介した。
「そうか。すまんがナナカ、サクラは借りてくぞ」
ムサシはナナカの肩をポンと叩くと、サクラに「ついて来い」と声をかけた。
「ごめんね、ナナカ。また後で」
ムサシの後を、サクラが追いかけていった。
「何が、どうなってるのよ?」
残されたナナカは、見えなくなるまで二人の背中を見送っていた。
***
砦の完成が間近に近付いたある日のこと。
研究素材の収集に出ていた部隊が、夕刻になっても戻って来ないと騒ぎになっていた。
研究で不足が生じた素材を砦から程近い森に取りに行くだけだったので、調査員一人と護衛二人の小さな部隊であった。
ムサシとトリナは別方面への偵察に出ていたため、不在の間の指揮を任されていた指揮官が捜索隊の結成を始めている。
サクラは心配そうな表情で、遠巻きに様子を伺っていた。そんなサクラのもとに、ひとりの兵士が近付いてきた。
「すみません、サクラさん」
兵士はサクラに頭を下げると、話を始めた。
「実は、戻って来ていない部隊にサクラさんのお友達が調査員として派遣されていたようです」
「え?」
サクラは一瞬、兵士の話が理解出来なかった。しかし、徐々に言葉の意味が浸透していく。
「ナ、ナナカが?」
サクラは顔が真っ青になり、口元を手で押さえた。目の焦点がどこにもあっていない。
「サクラ!」
急に耳元で怒鳴られた。ライセである。
サクラはゆっくりとライセを見た。
「ライセ?」
「サクラ、助けに行くぞ!俺が力を貸してやる」
サクラの反応が薄い。まだ動揺から回復していないのだ。まずはサクラを落ち着かせるところから始めなければならない。
「大丈夫だ、まだ間に合う。サクラにはそれだけの力がある。だけど、俺たちが行かなきゃ、間に合わないかもしれない。分かるよな?」
ライセはサクラの瞳を真っ直ぐ見つめながら、言い聞かすようにゆっくりと話した。
サクラはナナカの状況に想いを馳せる。
心細い思いをしているかもしれない。
怖い思いをしているかもしれない。
そんなナナカを友達の私が助けに行かないで、誰が助けに行くというのだ。
サクラは両の頰を両手でピシャリと叩いた。
「すみません、兵士さん。部隊は何処に向かっていたか分かりますか?」
サクラは先程の兵士に質問した。
「向こうにある東の森です」
兵士は指差した。砦をグルリと囲む防壁のせいで直接確認は出来ないが、方角は了解した。
「行くぞ!」
ライセの声と同時にサクラの全身から光が溢れ始める。剣から凄まじい力が流れ込んできているのがサクラにも分かった。
サクラは近くの建物の屋根にひょいと跳び乗ると、兵士のことを見下ろした。
サクラの余りの脚力に、横で見ていた兵士が口をあんぐりと開けたままサクラを見上げている。
「兵士さん、私が先行します!指揮官の人に伝えておいてください」
言うが早いか、サクラは屋根の上をパッパと跳び移って行き、そのまま防壁を飛び越えていった。
***
ナナカはひとり、暗い森の中を走っていた。
陽はかなり沈みかけており、森の中までは光が差してこない。時折後方を確認するが、立ち止まらずにひたすら走り続けた。
風のいたずらで茂みがガサガサと音を立てる度に、ナナカの心臓が飛び出そうになる。その場にへたり込みそうになるのをなんとか堪えて、歯を食いしばりながら走り続けていた。
(誰か助けて!兵士さんたちが殺されちゃう)
ナナカたちの部隊は、研究素材の収集のためにこの森に来ていた。
日頃からたくさんのサンプルを持ち帰っているせいもあるのだろう。今日は目当ての素材がなかなか見つからなかった。そのため、普段はあまり入らない森の奥まで踏み入れていった。
確かに油断もあった。
砦の周辺に現れる鬼はムサシがどんどん蹴散らしていくので、最近ではあまり見かけなくなっていた。
その上この森では、鬼の目撃情報が全くなかった。素材の収集場所としてこの森が指定されたのも、その辺の経緯がある。
かくして、部隊は鬼の一群と遭遇した。
先に発見出来たのは幸運だった。
鬼の一群まではまだかなりの距離がある。このまま身を潜め、ゆっくりと引き返すことにする。砦にさえ戻ることが出来れば、討伐隊を組むことも可能である。
しかしその時、兵士の装備がカチリと音を立てた。
途端に鬼の一群が騒がしくなった。明確な場所がバレた訳ではないが、こちらの存在に気付かれた。
徐々に鬼の捜索の輪が広がってくる。この場所が見つかるのも時間の問題であった。
ふたりの兵士はお互いに目を合わせると、同時に頷いた。
「ナナカどの。我々が敵の目を引きつけますので、そのうちに砦に戻って援軍を呼んできてください」
兵士の言葉に、ナナカは目を見張った。それから首を横に振る。
「そんな、出来ません!ふたりを置いていけない」
「我々なら大丈夫です。上手くやります。とはいえ我々だけでは勝てないのもまた事実。ですから我々が生きるためにも援軍を連れてきてください」
こう言われては断れない。ナナカは覚悟を決めた。
「必ず!必ず連れてきますから。絶対無事でいてください!」
ふたりの兵士はナナカの返事に頷くと、笑顔で茂みから飛び出していった。
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