第6話 噂の魔剣士 3
ライセは、生きていたときの記憶がハッキリとしていない。どこかアヤフヤな感じだ。
ただ、大切な人を護ることが出来なかったという強い後悔がライセのなかで大半を占める。そのため、次は必ず護るという想いがライセの原動力になっているのである。
***
ライセは、サクラの稽古を暫く眺めていた。残念ながら才能は感じられない。
誰の指導も受けず、ずっと独学でやっていたと聞いてはいるが、それを差し引いたとしても将来性は低い。愛読している指南書に問題があるのだろうか?
ふと、ライセに妙案が浮かぶ。
サクラが眠っている間であったとはいえ、ライセの無意識は確かにサクラを操っていた。自分にも出来るかもしれない。
「手本を見せてやるから、ちょっと体を貸してくれないか?」
「は?」と聞き返してくるサクラに、あくまでも可能性の話だが、そういうことが出来るかもしれないとライセは説明した。
サクラは少し思案した。
ライセの剣術の腕前はサクラの深層意識が充分に理解している。おそらくマスタークラスの剣技を自分の体で体験する、またと無いチャンス。そう、チャンス。…なのだが、さすがに乙女の恥じらいが邪魔をする。
「絶対ぜったい、変なことしないでよ」
サクラはジト目でライセを睨む。しかしながらそれは、承諾の意味も含んでいた。
「分かってる。絶対しない」
真剣な眼差しでライセは頷いた。
とはいえ、どうやるのかなんて全く見当がつかない。しかし自分の無意識がやっていたこと。深く考えないでやれば上手くいく気がしていた。
サクラも同じ考えだったのだろう。実際、心配さえも微塵もしていない表情をしている。
「ライセ」
優しい笑みでサクラは右手を差し出す。ライセはその手をとるように、自分の右手を伸ばした。
不思議な感覚に包まれた。
***
「上手くいったみたいだな」
確かにサクラの身体なのだが、ライセの思い通りに動く。イッチニ、サンシと軽く準備運動をする。特に違和感はない。これなら自分の体のように動かせそうだ。
ライセは自分の内側にサクラの気配を感じる。眠ってしまっている訳ではないようだ。おそらく、ライセを通じて外の情報も共有出来ているであろう。
さて、そろそろ本題に移ろう。あまり時間をかけすぎると、サクラが怒りだすかもしれない。
先ずは指南書を手に取るとパラパラと内容を確認する。思ったよりも悪くない。良い本だ。この先強くなるために必要な土台作りが重点的に記されている。
ふと興味をもち、表紙を確認する。監修に、ムサシという人物の名が記してあった。そういえば、サクラの部屋の本棚に、他にもムサシ監修の指南書があったことを思い出す。同じシリーズの「実践知識」と「応用知識」が、まだビニール包装された状態で置いてあった。
自分で購入した本だ。先に少しくらい内容を確認したところでバチが当たる訳などないであろうに、サクラの愚直な真面目さにライセの口元が緩んだ。
手本を見せると約束したんだ。そろそろ真面目に働こうか。ライセは木刀を構えると、スッと己の世界に入った。
***
サクラは奇妙な浮遊感の中にいた。
目は見えるし耳も聴こえる。しかし、声は出ないし体も動かせない。外からの情報は入ってくるのに、自分から何かを発信することは出来なかった。
ライセが木刀を構えるのが分かった。サクラは、これから起こることを一瞬たりとも見逃さないと、意識を集中する。
ライセの演武は本当に一瞬の早業であった。
自分の体がこんなに動くなんて、サクラは未だに信じられない。ライセの凄さを改めて実感させられたのである。
しかしライセの本当の凄さはそこではない。サクラに分かるはずもないが、生前のライセとサクラとでは肉体の性能に差がありすぎる。性別はもちろん、体格や筋肉の量も全く違う。それなのに、サクラの肉体のポテンシャルを即座に測り、最大限のパフォーマンスを引き出してみせたのだ。
ライセの剣士としての実力と才能は、この世界でさえも群を抜いている。
「何か掴めたか?」
不意に横から話しかけられた。振り向くとライセが腕組みして立っていた。いつのまにか元の状態に戻っていたことに気付かないほど、サクラはライセの剣技を体験した余韻に浸っていた。
「ライセが凄いてことが、よく分かったよ」
サクラは昂ぶる鼓動を落ち着かせようと、大きく深呼吸をした。
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