魔剣士サクラは姫のサクラに負けたくない!
さこゼロ
第1話 姫と姫の騎士 1
城下に広がる炎…
鳴り響く轟音…
剣と剣の打ち合う音…
兵たちの怒声や悲鳴…
姫の手を引きながら、若い騎士が長い廊下を駆けていく。戦乱は王城のすぐそばまで迫っている。あまり時間はない。
「父は?母は?皆は大丈夫なのですか?」
姫が声を荒げる。
「お気持ちは分かりますが、今はご自身の身の安全を一番に考えてください」
若い騎士が応える。
「姫の命は、何があっても守り抜きます。必ず生き延びましょう」
振り返って笑ってみせる。その顔を見て、姫も意を決する。
「私はライセを信じています。必ず生き延びましょう」
中央の大階段を降りきると階段の裏側に回り込む。そこで騎士が壁の仕掛を操作すると、カコという音とともに壁が開く。隠し部屋である。
素早く姫を中に誘導すると、周りの様子を伺いながら自分も続き、入り口のドアをカチリと閉めた。
次に騎士は、小さな部屋の中央にしゃがみこむと床の仕掛を操作する。すると床がズズと動き、下り階段が現れた。抜け道だ。
「行きましょう、姫。ついて来てください」
騎士は姫に手を差し伸べる。その手をとると姫は大きく頷いた。
「ええ、行きましょう」
***
ふたりの出会いは数年前に遡る。それを語るために、まずはライセのことを語ろう。
ただ、ライセの少年期は所謂「王道」と呼べるものであり、耳が肥えている方たちには逆に退屈に聴こえるかもしれない。そこで要点のみ、かいつまんで進めていく。
彼の父は、王立軍に所属しているが、地位は下級に属する。
とはいえ、民兵からなる自衛軍とは一線を画している。
父は身分こそ低いが、剣の腕前は天才的であり王立軍一という噂が少しずつ広まっていく。
ある時その噂が祭好きの国王のもとまで届き、御前試合の開催を告げる。当然、彼の父にも召集がかかる。
危なげなく決勝まで勝ち進む父。ライセ少年は尊敬する父が優勝することを信じて疑わない。
決勝の相手は近衛軍の騎士長である。
近衛軍とは、王直属であり精鋭のみが配属される。そこの騎士長であるのだから本来は相当な実力者のはずである。しかしながら今の騎士長には(妬みによるものかもしれないが)良い噂は聞こえてこなかった。
その近衛騎士長の使者が決勝前に彼の父のもとへ挨拶に訪れた。話はごく短い時間で終わり引き返していった。
試合が始まった。
ところが、好試合が観られるという周囲の期待を裏切り勝負は一瞬。最初の鍔迫り合いで騎士長が相手の剣を弾き飛ばし、そのまま勝負アリ。
圧倒的な試合内容であった。
試合後、なかなか姿を現さなかった母がようやく現れた。そのまま父のもとへ行くと、泣きながら頭を下げる。父は母の肩に手を置くと「気にするな」となだめていた。
漸くライセにも、不正が行われたのだと理解出来た。そして身分の低い父が何を言っても無駄であることも。
試合会場のそばにある池のほとりで、ライセは一心不乱に剣を振っていた。悔しさを振り払うように、何度も何度も。
「悔しい?」
突然背後から声をかけられた。ハッと振り返ると身なりの綺麗な少女が立っていた。黒く艶のある長い髪は、三つ編みのハーフアップにまとめられている。
「悔しい?」
少女はもう一度尋ねてきた。
「悔しいさ!」
吐き棄てるように応える。少女にぶつけても仕方ないのに、感情が抑えきれなかった。
「父さんはあんな奴に絶対負けない!」
少年は少女を真っ直ぐに見つめた。そんな強い眼差しを受けて、少女はフフッと微笑んだ。
「そうね。きっとそうだろうね」
少女は池からの風になびく髪を抑えながらそう応えた。そして少年の瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、強い口調で言った。
「キミ、もっと腕を磨いて必ず王立軍に入りなさい。そして三年後に開かれる選抜試験に必ず志願しなさい。待ってるわよ」
突然の言葉にライセは困惑した。意味がうまく飲み込めない。
言い終えた少女はすでに立ち去り始めている。ゴチャゴチャした頭の整理は追いつかないが、このままでは何がなんだか全く分からない。
ライセは必死に声を出した。
「なんでそんなことがお前に分かるんだよ?」
「私がそうするからよ」
少女は顔だけ振り向くと、にこりと微笑んだ。そして右手を挙げると、ヒラヒラ手を振りながら去っていった。
ひとり残されたライセは、呆然としていた。しかし少年の中に最初の目標が出来た瞬間でもあった。
「三年後の選抜試験…」
少年はひとり呟いた。
少年15歳、少女12歳のことであった。
***
三年後。
姫直属の護衛騎士の選抜試験が発表された。
志願資格は近衛軍を除く王立軍に属する者とされ、実質全ての兵士に権利が与えられた。ただし試験内容は実戦形式での一対一とされ、ほとんどの者が参加を見送ることになる。
それでも腕に覚えのある者が次々と名乗りを上げ、最終的には十名にも登った。
勿論、ライセもその一人である。
そこから試合で振り落としていき、定数である二名に絞る。決勝に残りさえすれば良い計算である。しかし優勝者には第一騎士の栄誉が与えられるため、皆のヤル気は計り知れない。
受験者には各々に個別の控え室が与えられた。さらに全員に姫の侍女が世話役として付き、受験者への接触は侍女を介してのみ行うことが出来る。
名を呼ばれた者から順次試合を行い、栄誉ある護衛騎士を選抜するのだ。
結果のみ伝えると、ライセは二位に終わった。
決勝ではかなりの好試合を繰り広げるのだが、今一歩届かなかった。相手は、30歳手前の体格の良い男で、人懐っこい表情をしていた。
「お主、強いな」
試合後その男が、ライセに握手を求めながら、ドダイと名乗ってきた。ライセはそれに応じると、ゆっくりと首を横に振った。
「あなたの強さには届きませんでした」
「お主とわしでは積み上げてきた時間が違う。まだまだ若いヤツには負けんよ」
ドダイはガハハと笑った。つられてライセもハハハと笑う。
(しかし、わしの力はここがピーク。この者に第一騎士の栄誉を譲るのは、そう遠くないかもしれんな)
ドダイは一瞬真剣な表情でライセを見ると、目を閉じフッと微笑んだ。
「姫さまが、ご入室されます」
入り口の横で姫の侍女が頭を下げている。
ライセとドダイは片膝をつくと、頭を下げて待機した。
間もなく数人の女性が入ってくる気配を感じると、部屋中にある種の緊張感が充満する。
「顔を上げよ」
凛とした声が響きわたる。言われるままにライセは顔を上げた。瞬間彼は眼を見張った。
ここで初めて、あの日あの時の少女が姫であったのだ、と理解したのである。
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