センチメンタル
雨宮吾子
センチメンタル
インターチェンジに程近いガソリンスタンドで、僕は君を待ちながら詩を読んでいた。日本の詩人と海外の詩人の作品を織り合わせたアンソロジイだ。海のあちらとこちらとでは言葉も風俗もまるで違うのに、詩というものはどうしてこうも断絶というものを感じさせないのだろうか。僕は頭の半分で詩を読みながら、もう半分ではそんなことを考えていた。翻訳者の偉大ということで片付ければ済む話ではあるが、少しばかりそのことについて考えを進めてみようと思った。君の足音が近づいてきている。その気配を振り払って、僕はきっとそこに海があるからだと思い至った。この国と他の国との境目にあるのが河川でも山脈でも壁なく、海だったからだ。人を結びつける性質が海にはあるのだろうと、僕は無根拠にそんなことを考えてみる。僕はようやく頭の半分を休めて詩に集中することができそうだった。けれど、その無根拠なことは僕の気分を納得させてはくれなくて、別の考えが持ち上がってくる。つまり、一人一人の詩人が孤独であることが、その断絶が却って功を奏しているのかもしれないということだ。皆が断絶してるからこそ、そこに共通性が生まれるのかもしれないと、僕は、一人でそんなことを考えた。
卓上の飲み物へと伸ばした指先が、束の間の静止をした後、ぱたんと詩集が閉じた。そこからはもう現実だった。
それまでの集中が嘘だったかのように、空調の音や機械の唸る音が意識の上に現れた。僕はこの休憩室を見渡す。僕が子供の頃は、ここにある自販機はもっとレトロでポップで、そしてチープだった。なんて言葉を連ねてみても分からないだろうけれど、と僕は誰でもない誰かに向かって説明をするようにして思考を進める。季節の後半に入ったこの時期になると、自販機には缶コーヒーの温かいものと冷たいものとが並んでいる、今どきの差異といえばそのくらいのもので、昔はちょっとしたホットスナックを売る自販機もあったし、アイスクリームを提供しているものもあった。時代が進めば無条件に進歩するものでもないらしい。僕には何かが閉じようとしているのではないかと思われてきた。
そうした中で最も大きな違いは、ガソリンスタンド自体がセルフ式に変わったことだ。もちろん常駐の従業員はいるけれど、ガソリンの種類を訊いてくるわけでもなければ、ちょっと押し付けがましいメンテナンスを勧めてもこない。こんな時間に邪魔もされず、ぼんやりと詩集を読んでいられるのは、良くも悪くも自動化の進展のおかげだ。こんな調子でいつか街から人が消えることもあり得るだろうか――いや、よほどの天変地異が起きない限りはさすがにあり得ないことだろう。僕は僕の未熟を笑った。
そうして独りで静かに歯を出して笑う僕を、どこかで監視カメラが覗いているかもしれない。その映像は誰かが確認するだろうか。それとも一定の保存期限の後に自動で消去されるだろうか。さすがに一人でにやにやしている姿を撮られるのは恥ずかしいので、誰にも見られませんようにと心の中で祈った。ただ、そこにあった時間を記録した映像が、何の意味も持ち得ないままに葬られるのであれば、それはそれで寂しいことだとも思う。
ああ、現実はどうしてこうも無情なんだ。僕の側で少しばかりセンチメンタリズムを引き受けすぎてしまったのかもしれない。僕はどこで間違ったのだろうか。果たして、僕はどこかで間違ったのだろうか?
僕は、僕を待っていた夜明けをここで迎えようとしている。あるいが、僕が待っていた夜明けを。僕はポケットの中からキーホルダーを取り出した。僕はこの鍵を使ってとこへ行くのだろう。給油も洗車も済ませた今、自分に課したノルマは達成した。ここからは自由だ。過ぎゆく夜を取り戻すために自宅に帰って泥のように眠るか、高速道路に乗ってどこまでも旅をするか、それは自由なのだ。その自由という言葉の不自由さを感じながら、僕は缶コーヒーの最後の一口を味わうと、休憩室から出ることにした。
そうして迎える朝がどのような色をしているか、僕は未だ何も分からずにいる。
センチメンタル 雨宮吾子 @Ako-Amamiya
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