第29話 ホストと秒速で仲直りしたらしい。




「月島先輩が、そういう偏見がない人だからこそ、言えなかった。普通の仲のいい後輩として、僕のことをずっと覚えてて欲しかった。卒業式の日、本当は好きだったって言おうか迷ったこともあったんだ。でも、みんなの輪の中で笑っている先輩を見たら、そんなこと言えなくなった……」



嫉妬はいつの間にか霧散してしまい、いまはただ、学生の頃のスバルの気持ちを思って、俺は泣きたいような不思議な感情を抱いていた。味方がいない毎日は、さぞ辛かったことだろう。



「だからあの場で優也と付き合ってるって言ったら、当時も僕が、男性に対してそういう思いを抱いていたってことがバレちゃうと思って。あの頃、嘘をついていたこと、月島先輩にはバレたくなかった」



気がついたら、スバルの男にしては華奢な肩を、無言で抱き寄せていた。

友達だと言われて傷ついたけど、俺はやっぱりスバルの味方だ。

過去もすべてひっくるめて、ありのままのスバルと、俺はこれからも向き合いたいと思っている。



「スバルの気持ち、わかったなんて簡単には言えないけど、たぶん想像はできたと思う」

「……ずるいんだよ、僕」

「そんなことないだろ。少なくとも俺はそう思わない」

「でも、僕は、自分が可愛かっただけなんだよ」

「どういうこと?」

「月島先輩にも、みんなと同じように気持ち悪いって思われるんじゃないかと思うと怖かった。自分が傷つくのが嫌だった。保身ばっかりで最低だ」



胸が痛んだ。心無い言葉に傷ついてきたスバルに対して、そして、いまも続いている、スバルの月島さんへの気持ちに対して。恋愛感情ではないにしても、それは、確かに存在するものなのだ。



「……僕は優也が好き」



泣き止んだはずだったのに、涙声でそう呟いた。呻いたようにも聞こえた。俺は焦り、ティッシュを手にとってどんどん溢れてくる涙を拭ってやった。



「わかってる、それは。そこに関しては疑ってない。まったく」

「わかってないよ。本当に好きなんだ。僕だってわかってなかった。一度帰って冷静になったとき、思い知ったんだ。僕には優也がいるってこと。優也以外の人に気持ち悪いと思われても、本当はもう全然大丈夫だったんだってこと」



当然だ。俺はスバルを気持ち悪いだなんて思わない。付き合っているからじゃない。付き合う前だって、こいつの気持ちに気がついたときだって、気持ち悪いと思ったことは一度もなかった。



「ごめんね、優也」

「……いや、謝るのは俺の方だよ」



ルミちゃんに相談したとき、強烈に思ったこと。

スバルが落ち込んだり、泣いたりしたとき、俺はどう反応したらいいかわからなくて困惑してばかりいた。

包容してやりたいと思いながら、正解の対応を考えるうちに投げやりになって、言わなくてもわかるだろうという甘えた考えに逃げていたこと。



言葉にしていたら、スバルはもっと自信を持てたかもしれない。

こんなに泣かせなくて済んだかもしれない。

相変わらず自分の気持ちを言葉にするのは恥ずかしいし、かっこ悪いと思ってしまうけど、俺は勇気を出すと決めた。



「ごめんな。あんま言ったことなかったけど……俺、お前のこと、本当に好きだと思ってるから」

「……」



スバルは驚きのあまり泣き止み、目を丸くして俺の顔を見た。ここで怯んではいけない。



「わかれよな。俺は清楚な女の子が好きなはずだったんだ。でも、清楚でも女の子でもない、メンヘラクソホストと付き合ってるだろ。タイプなんか超越するくらい、お前のことが好きなんだよ」



言っているうちに腹が立ってきた。そうだ。俺はスバルのことが好きなんだ。なぜだ。おかしい。そこそこ好き、レベルなはずだったのに、これではもはやただのベタ惚れじゃないか?



「だから、外で手繋いだくらいで謝るな。俺が照れて怒っても笑ってろよ。どうせ本気で嫌だと思ってるわけじゃないんだ。俺はお前のこと気持ち悪いと思ったことなんか一回もないし、全部まるごと受け入れるつもり。それが俺の、お前に対する気持ちだから。今までも、これからも」

「……優也」



名前を呼ばれ、ハッとして黙り込んだ。熱くなって語り過ぎてしまった。思いを言葉にすると決意したものの、ここまでまくし立てるつもりはなかったのに。



「……まあ、なんつうか、そういうこと」



恥ずかしくなって目を逸らし、濁してしまった。ああ、消え失せたい。


でもスバルの顔を見るに、俺の気持ちは正しく伝わったと思う。たぶん。

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