第14話 ホストが泊まりにくるらしい。
普段はシャワーで済ませることが多いので、俺の風呂は正味10分だ。今日はスバルが来ているので湯船にも浸かったが、それでも15分と少しというところ。身体を拭いて服を着て、無造作にメンズ化粧水をはたいて髪を乾かす。部屋に戻ってみたらスバルはまだスキンケアをしていた。
「ながっ。女かよ」
「あ、男女差別だ!古いよそれ。いまは男だって美容に気を使う世の中なんだから~」
言葉に反してたいして関心もなさそうな調子でそう言い、スバルは身をかがめて鏡を覗き込みながら、白いクリームを顔面に塗り込んでいる。ふうん、と喉の奥で返事だけして、冷蔵庫からビールの缶を2本取り出し、向かいに座った。
「飲む?」
「わあ、ありがとう」
「この時間の飲酒は肌に悪くねーの?」
「それも冗談なの?笑えないよ。僕の仕事、よく知ってるくせに」
笑えないといいながらくすくす肩を揺らし、テーブルいっぱいに広がった小瓶やらスポンジやらを片付けている。
もちろんいまのは冗談だ。スバルたちホストは普段、この時間帯から朝方にかけてが大忙しなのだから。
特にすることもないので酒を飲んでみたものの、イベントとして残されたのは就寝のみだ。この家にはベッドがひとつしかないので、まず間違いなく一緒に寝ることになるだろう。万が一にも別々と言うなら、俺は絶対にこいつを床に寝かせる。
お笑い番組がやっていたので、なんとなくだらだらとテレビを見ながらふたりで酒を飲んだ。
◆
別に記憶がなくなるほどたくさん飲んだわけでもないのだが、日頃の疲れもあるのか、休日なせいか、俺とスバルは0時をまわる頃にはすっかり眠くなってしまったらしい。どっちが先に眠ったのかわからないが、気がついたときには部屋が暗く、俺はベッドに仰向けになっていた。時計は二時過ぎをさしていて、ふと横を見ると、こちらに背を向けたスバルが寝息を立てている。
……ホッとしたというか、なんというか。
俺たちは一応恋人のはずなのだが、これじゃあ学生時代に大学の友達が泊まりに来た夜となにも変わらないな、と思った。適当に遊んで酒飲んで雑魚寝、みたいな。……いや、なんか俺が微妙に落胆してるみたいになっているが、そんなことはない。これで良かったに決まっている。
一日変な気をまわしすぎたせいで疲れた。短く息を吐き、なんとなくスバルの様子を伺ってみる。よく眠っているらしく、身じろぎもしない。ちょっとやそっとのことでは起きなさそうだ。
そうっと身体を動かして、スバルに覆いかぶさるような姿勢になった。なにも変なことをしようとしているわけではないし、付き合っているならこのくらいは許されるはず。でも、バレるのは恥ずかしいから嫌だ。
スバルの額にかかった髪の毛をそっと指先で払う。人形のように精巧な寝顔がそこにはあった。まつ毛が長く、暗闇で見ても浮かび上がるほど肌の色が白い。
寝顔を見るだけのつもりだったのに、無防備なその横顔を見つめていたらなんかたまらなくなった。ほとんど無意識に身をかがめ、頰に唇をつける。起きませんように、という祈りが通じたのか、恐る恐る身体を離した時も、スバルはキスされたことにさえ気がつかず静かに眠っている。
……なんかおかしいかも。
よくない予感めいたものを覚えた俺は、慌ててスバルに背を向けるようにして目を閉じた。寝る。寝る。こんな夜はさっさと寝てしまうに限る。
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