第189話 一歩、前へ (1)

お久しぶりです。

長い間お待たせしました。

更新を再開します。

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「ええ、明日行ってくるから。また電話する。

 ん、おやすみ」


 耳に残る声を惜しむように、スマホを離した。待ち受け画面には、旅行で撮った夕日の海が映っている。


 歩との距離が、旅行をきっかけに縮まったように思える。身体を重ねたわけでもない、ただ向き合って眠っただけ。けれども、何よりも得がたい感情を共有できた気がする。


 旅行以降も夜を共に過ごす関係になったが、強く感情を共有したのは、あの一度きりだ。


 あの時の感情は、織り火のように胸の奥底に残っていて、ふとした瞬間に自分の心を温めてくれる。

 だから、きっと大丈夫。


 明日の予定を思うと、落ち着かない。そんな心をなだめるよう、電気を消した。


 ◇


 緑ばかりで信号のない県道を、道なりに進んでいく。懐かしい風景の合間には、取り壊された建物や、切り開かれた林が点在している。それらの変化を目にするたび、自分がこの場所から離れた年月を実感する。やがて、見覚えある建物と花をモチーフにした看板が現れた。


 九月も半ばなのに、まだ蝉が鳴いている。忙しい時間を避けたとおり、駐車場に車は停まっていない。三年分の懐かしさと罪悪感を胸に抱え、車を降りた。ドアの前に吊された『お弁当注文承ります』のプレートを眺める。


 三年ぶりに、ここを訪れたのは、百パーセント自分のエゴでしかない。歩と再会しなければ、きっと来ることはなかっただろう。


 今更と言われるだろうか?


 不意にそんな考えが頭に浮かんで、足が止まりそうになった。ハンドバッグを強く握りしめる。微かに震える手を伸ばし、ゆっくりと木製のノブを回した。


 カラ、ン


 調味料や食材の混じった匂いが、ドアの隙間から零れてきた。温かい香りに誘われ、記憶が次々とよみがえる。見えた人影が、一瞬、歩の姿と重なった気がした。



「いらっしゃ」


 カウンター奥のシンクの前。勇太が、目を丸くして固まっていた。


「久しぶり、勇太」


 ぎこちない笑顔で呼びかけるも、反応がない。恐る恐る口を開こうとした途端、勇太が、ものすごい勢いで奥へと駆け込んでいった。


「ちょっと、勇太くん!?

 どうしたの?」

「いいから、早く来てって!」


 奥で言い争うような声が聞こえ、勇太が泡だらけの手で花江を引っ張ってきた。戸惑い顔の花江が、こちらを向く。花江が、息をのんだ。


「春海!」


 悲鳴に近い声が響く。あれこれ準備していた言葉は吹き飛び、気がつけば、花江の元へ駆け寄っていた。


「ごめん! 花江さん。

 ずっと、ここに来る勇気がなくて。

 本当にごめんなさい」

「何言ってるの。

 それより、来てくれてありがとう。元気にしてた?」

「ええ、なんとか元気にやってる。

 ちょっと色々あって。今日、やっと、ここに行こうって思えたの」

「そう。

 会えて本当に嬉しいわ」


 身体を離した花江が、そっと目元を拭った。春海の頭から爪先まで視線を移して、安心したように微笑む。


「いけない。

 私、はだしだった」


 足下に気づいた花江が、恥ずかしそうに俯く。その言葉に笑いながら、春海もさりげなく、赤くなった目を隠す。


「あの、二人とも、俺のこと忘れてないよね?」


 しみじみとした雰囲気の中、少し離れた場所から、困ったような声が聞こえてきた。









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18時にもう一話更新します。

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