第180話 「好き」と「好き」 (11)
いつの間にか年をまたいでしまいました……
ご無沙汰しています。
遅くなりました。しばらくは更新出来そうです。
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「さーて、お腹一杯になったことだし、そろそろ帰ろっかなぁ」
部屋に戻って数分もしないうちに聞こえてきた光の台詞に耳を疑う。
「帰るって……今から?」
「そ。
明日休みになったって彼氏からさっき連絡あったんだ。
だから泊まりに行ってくる。お世話になりました」
スマホを掲げながら、にししと笑う光がいそいそと隅に置いていたバックパックを手に取る。鼻歌交じりに荷作りする姿を見るにどうやら本気らしく『夜の運転が怖い』という先日の発言を指摘しようかと思ったものの、光の奔放さはいつものことと諦めて既に干してあった洗濯物を取り外すことにした。
「洗濯物乾いてないから、ちゃんと干し直すんだよ」
「りょ」
軽い返事にため息を一つついて、キッチンにビニール袋を取りに行く。何気に開けた冷蔵庫の麦茶が残り僅かなことに顔をしかめるとピッチャーを取り出した。
「光、麦茶飲んだら作っておくように言ったじゃない」
「あ、ごめーん」
コップに残りの麦茶を注いでピッチャーを空けると、新しいパックと入れ替えて水を注ぐ。
──光が帰るならお肉のパックは小分けして、レタスは明日使わないと。あ、卵どうしよう
「ねぇ、あゆちゃん」
「んー、なに?」
「聞こうと思ってたんだけどさぁ、あゆちゃんってタチ? それともネコ?」
「何の話?」
「えっちの時の話」
「ぶっ!?」
予想外の台詞に盛大に咽せると、持っていたコップをシンクに置いてから口元を拭った。
「光、ふざけないで!」
「別にふざけてないよ」
勢いに任せようとした抗議はこちらを見つめる光の真面目な声に気圧されてそれ以上出せない。
「ちなみにタチはする方でネコはされる方なのね。
んで、あゆちゃんは自分がどっちだと思う?」
「……か、考えたこと無い」
「どうして?
もしかして、ハルミさんとそういうことしたいとか思わなかったりする?
あゆちゃんがそんなタイプなら仕方ないけど」
「っ!」
春海の名前を持ち出された事で質問が生々しさを帯びる。答えを拒否しようかと思ったものの、光の心配するような顔に結局ためらってから口を開いた。
「その、いつかは……とは……思う、けど……」
「じゃあ、やり方とか想像したことは?」
「そんなのっ、想像する方が失礼でしょう!」
「どうして知ろうとしないの?
当たり前の事じゃん」
恥ずかしさで限界に達した声を光がばっさりと断ち切った。
「好きな人がいるならそんな気持ちになるのは自然だよ。むしろ、そーゆー状況になった時『知らない』って相手に丸投げするのはそれこそ失礼じゃないかな」
「!」
「そもそも二人のことだし、付き合うなら一番大切な部分だよね。ハルミさんとの関係をちゃんとしたいって思うのなら、そっちのことも知っておいた方が良いんじゃない?」
「で、でも……」
「でも?」
「……………………どうやって?」
恐る恐る訊ねた質問に目を丸くした光がぶはっと吹き出す。
「そんなのネットにきまってんじゃん。
それともモールで本とか買う?
あゆちゃん、それマジでヤバいって!」
「……うるさい」
さすがに愚問だったと笑い転げる光に八つ当たりを込めてビニール袋の塊を投げつける。
「ネットの情報なんてガセネタも多いけどさ、これを機会に色々調べてみれば良いかもよ」
難なく片手でビニール袋をキャッチした光が再び思い出したようにくくっと声を忍ばせた。
「そうだ、忘れるところだった」
「はい」と光が財布から幾枚かの一万円札を差し出してくる。
「お金なんて要らないよ」
「違う違う。
さっき電話あったでしょう」
確かに食事の時に一度席を外したのは着信があったからだけれども、その事は光にも春海にも話していない。
「……光が母さんに話したの?」
「ちょっとあゆちゃん、顔が怖いって!」
自然と低くなる口調を恐れるかのように光が両手をばたばたさせる。
「アタシは母さんから渡すようにって頼まれただけだってば!」
「でも旅行に行くって知ってた」
「確かに遊びに行くらしいとは言ったよ。だけど、ハルミさんの事は話してないし、連休だからどっか遠くに行くんじゃないって言っただけだからね!」
必死に説明する光をしばらく見つめてから、荒れた気持ちを落ち着けるように大きく息を吐き出した。
「……光の言葉は信じる。
だけど、このお金は要らない」
「えー、それマジ困るって!
あの人、アタシの事全っ然信用してなくてさぁ、アタシからあゆちゃんにちゃんと渡すようにってウザいくらい言われたんだよ!
も~勘弁してって感じだよね!」
歩の手にお金を無理矢理握らせると自分は関係無いとばかりにさっさと財布を仕舞い、光が荷作りを再開する。
「ねぇ、貰っときなよ? ハルミさんと遊びに行くなら、お金なんて幾らあっても良いじゃん。
どうしても要らないって言うなら、それでアタシにお土産買ってきてくれれば良いからさ」
「…………分かった」
渋々頷いた歩に光が「キーホルダーとか要らないから食べ物でね」と付け加え、歩が笑ったことで刺々しかった雰囲気が元に戻る。
「つーか、あゆちゃんが口きいてあげないから、母さんアタシにあゆちゃんの事めっちゃ聞いてくるんだよ?
仕事は大変そうかとか、生活で困ってそうな事はないかとか……そんなに気になるなら自分で直接聞けば良いのに」
「……ごめん」
いつの間にか迷惑を掛けていたことを知るも、母との確執の理由は光にさえも言えずに謝罪することしか出来ない。そんな歩に光が明るく続ける。
「あ、それに関してはアタシは関係無いからあゆちゃんも母さんも二人で好きなよーにバトルしてくれれば良いんだけど。要するに、母さんはきっかけっていうかあゆちゃんと話す理由が欲しかったんだよ。
それがたまたまアタシだったわけでさ」
確かに着信の相手が滅多に電話をかけてこない母からだったということで、恐る恐る電話に出たものの、光が迷惑をかけてないかという確認とお金を送ったから受け取るようにという他愛もない内容だった。
「私の事なんて放っておいて良いのに……」
ため息混じりの呟きが聞こえたらしく、光が「あはは」と笑う。
「そんな事出来る訳ないでしょ。
花江叔母さん家から出てここに移った時も父さんたちからの仕送りの話断ったんだって?」
「だって、大人なら仕送りなんて要らないもの」
当然とばかりの答えに「そーいうとこがあゆちゃんだよね」と光が笑った。
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