第126話 変化(15)
びっしりと箇条書きに並んだリストの最後にチェックを入れて、ほうっと肩の力を抜く。
「これで明日の忘れ物は無いわね」
机の上に並べられた品々は明日の収穫体験に使うもので、それらを見回しながらようやくここまでたどり着いた事をしみじみと実感する。
「いよいよかぁ」
雨の心配もなく、参加者の数も過去最高となるであろう明日のイベントに早くも心が騒ぎだし、武者震いにも似た緊張感が身体を駆け巡っている。
「……歩も来てくれるわよね」
参加者リストの1ページ目に並んだ『本多歩』の名前に『歩はスタッフメンバーで良いんじゃないですか』と言っていた勇太の言葉を思い出して、自然と口角が上がった。
「そうだ、歩にプレゼント持っていかなくちゃ」
圭人へのプレゼントを探している最中に偶々見つけたハンドクリームは使い心地も良く香りも上品で、一目で気に入ってしまった。水仕事の多い歩の手を思い出して衝動的に二つ購入してしまったものの、全く後悔はしていない。
きっと佐伯からもプレゼントは貰うだろうが、春海も友人として渡すくらいの権利はあるだろう。会えないことを見越して花江に預ける為丁寧にラッピングされた袋をそっとバックに入れる。これから『HANA』に寄って圭人の家まで行くのなら向こうに着くのは昼頃になるだろうか。
「圭人はまだ寝てるだろうし、『HANA』を出てから連絡すれば良いか」
日帰りで圭人に会いに行くのは正直しんどいが、明日の仕事を考えたならそれも仕方ない。コーヒーと眠気覚ましのガムが揃っていることを確認してから車のキーを回した。
◇
「あれ?」
『HANA』の駐車場に入ると普段とは違う雰囲気に気がつく。営業時間前とはいえカーテンが引かれたままの窓の中は真っ暗で人がいる様子はなく、念のため住居用の玄関のインターフォンを押してみるも、中から返答は無かった。
「今日、休みって言ってたっけ?」
不思議に思いながら車に戻ろうとした時、隣の家の顔見知りの女性と鉢合わせた。
「こんにちは」
「あら、ご飯に来たの?
今日は多分店は開けられないと思うわよ」
「そうなんですか?」
誰もいないように周りを確認した女性が「それがさぁ」と小声で手招きをする。
「夕べ歩ちゃんが救急車で運ばれてったのよ」
「え!?」
「付き添った花江さんもまだ帰って来てないみたいだし、大事じゃなければ良いんだけど」
「そう、なんですか」
挨拶もそこそこに車に駆け戻ると、震える指で花江のアドレスを探す。どくどくと早鐘を打つように鳴る心臓の音とゆっくりと始まる呼び出し音に苛立ちを必死で抑えながら通話を待った。
『はい』
「もしもしっ、花江さんっ!!
ねぇ、歩は大丈夫なのっ!?」
『春海?
少し待ってて』
花江の落ち着いた声に失いかけた理性を取り戻すと、開けっ放しになっていた運転席のドアを閉める。どうやら花江は場所を移動しているらしく、小さくかさかさと鳴っていた音が止まり『もしもし?』と声が戻った。
「今『HANA』に来たらお店が開いてなくて、隣の人から歩が救急車で運ばれたって聞いたから……」
『そうだったの。
心配かけてごめんなさいね』
「ううん。それで、歩は?」
『さっき検査と説明が終わったんだけど、急性の胃炎ですって。身体が随分弱ってたらしくてしばらく入院するみたいだけど、心配要らないわ』
「…………そう」
切羽詰まった病名でなかったことで、安堵のため息を聞いたらしい花江がもう一度申し訳なさそうに謝ってくる。命に別状はない事に一安心するも、一刻も早く歩の顔を確かめたかった。
「花江さん、今からそっちに行くから。
病院ってどこ?」
『え?
歩なら今眠ったから……』
「良いから教えて」
花江の言葉を遮りナビを開くと、電話から聞こえてくる病院名を入力する。どうやら場所は北市の中央にある総合病院で車で三十分ほどの距離にあるらしい。
『春海、本当に来るの?』
「ええ。
あ、何か必要な物があるなら持って来るわよ?」
『それなら、お願いして良いかしら?』
「ちょっと待ってね」
ダッシュボードからペンを探し、がさがさとバックを漁ってメモ帳を取り出すと再びスマホを耳に挟んだ。
『頼ってしまってごめんなさいね』
「何言ってるの、花江さんらしくないわよ。
緊急事態なんだから、むしろ頼ってよ」
『ありがとう』
ほっとした様子で通話を終えた花江の声にスマホを切ると、メモ帳を見返す。普段より随分と読みにくい文字に自分の手がずっと震えていたことを今更ながらに気がついた。
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ここまでお読み下さりありがとうございます。
毎回の事で本当に申し訳ありませんが、しばらく更新が停まります。
暗い展開が続いていますが、応援して下さる皆さんに私が一番救われています(笑)
決してタイトル詐欺にはしませんので、気長にお付き合い頂けたら嬉しいです。
菜央実
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