第123話 変化(12)
「春海さーん」
「……何?」
ひらひらと顔の前で上下する手に気づいて顔を上げると、何故か呆れ顔の勇太が立っている。
「あー、やっと戻ってきた感じ?」
「だから、何よ?」
パソコン画面を阻む勇太の手を払い除けようとすると逆に腕を掴まれ、むっと眉を寄せた。
「今、何時か知ってる?」
「何時って……え!」
驚きで固まっている春海を見て、勇太が掴んでいた手をようやく離す。
「他人の仕事をとやかく言うつもりはないけど、流石に朝から同じ画面を見つめすぎだよね」
「……ごめん」
勇太らしい指摘に反省すると、両手で頬を強く叩き立ち上がった。回りを見回せば、他のメンバーは皆昼食を取りに出掛けたらしい。
「勇太、ありがとね」
「ま、別に良いですけど。
午後から死ぬ気で頑張ってくださいよ」
「はは……そうする」
誰もいないタイミングで声を掛けてくれた勇太の気遣いに感謝しつつ、何事もなかったかの様に立ち去ろうとするのを思わず引き留める。
「あのさ……」
自分から声を掛けておきながら、先程まで思い巡らせていた考えを打ち明けるべきか一瞬迷う。それでも常日頃から何かと気にかけてくれる勇太ならと、思いきって口を開いた。
「勇太に仲の良い友人がいると仮定して、勇太自身が凄く悩んでるんだけど、どうやってもその友人に相談出来ない状況ってどんな時?」
「はぁ?
何ですか? 突然」
「良いから考えて」
思いがけない話に面食らったかの様な勇太に「もしもの話よ」と付け加えてもう一度説明すると、ぼりぼりと頭を掻きながら勇太が黙りこんだ。
「その友人には相談出来ないんですよね?」
「そう。
相手がどんなに心配してるって分かってても絶対」
「うーん。
とりあえず思い付くのは……」
「思い付くのは?」
空をさ迷わせていた視線が春海に戻り、自然と両手に力が入る。
「その悩みが友人に関係ある時、ですかねぇ。
良い意味じゃない方で。仲の良い相手ならわざわざ教えて傷つけたいとは思わないでしょうし」
「!」
「合ってます?」と答えを求めてきた勇太に力なく笑う。
「……だよねぇ」
一拍遅れてしみじみと呟いた春海が再びどかりと椅子に座り込んだ。そんな春海の姿に勇太が少し声を落とす。
「春海さんの最近の悩みの種ってそれですか?」
「あ~、それもある、かな」
「ふーん」
花江に『信じる』とは言ったものの歩の事が気がかりであることには変わりなく、あれからずっと頭の片隅に引っ掛かっている。
なぜ避ける?
どうして拒絶する?
もしかして、と思った仮説は予想以上に信憑性が高くて、思わずその先を考えることを躊躇ってしまう。
──あたしが関係してる?
「春海さん」
呼び掛けられてはっとすると勇太が半眼でにらんでいる。
「本当ごめん!
もう大丈夫だから!」
「全然大丈夫には見えませんけど」
「う、……大丈夫、にする!」
間近に迫った収穫体験に年末の帰省、それに加えて歩の件と考えることが多すぎて、このところ頭がパンクしそうになっている。
「とりあえず、収穫体験が終わってから歩とゆっくり話してみたら良いんじゃないですか」
「……どうして分かったの?」
取り繕うことも忘れ、思わず問い詰めた春海に再び呆れた表情が返ってくる。
「春海さんがそれだけ心配する相手って歩くらいしかいないでしょう。彼氏の話は愚痴か惚気しか聞かないのに」
「……」
どうやら勇太から見ても自分と歩は仲の良い間柄に見えるらしい。それはつまり、歩との関係性が自分の独りよがりではないことを示していて、何気ないその言葉に思わず胸がじんわり熱くなる。
結局、少しずつでも問題を解決しなければ前には進めないし、それならば今、手が届く案件を頑張るしかないと自らを奮い立たせるため勢い良く立ち上がった。
「うっし!
頑張るわよ!」
「そうしてくださいよ。
折角皆のクリスマスの予定を一人占めしたんですから」
「ぐっ!
それは本当に、ごめん……」
段取りを調整し、子供たちに配慮した形で決めた日にちは25日の日曜日で、日程を発表した際にあちこちで聞こえたため息を思い出すと今でもメンバーに平謝りしたくなる。
「ま、俺は全然構わないですけど」
「……勇太の彼女さんって寛容ねぇ」
恋人たちにとってクリスマスは絶対に外せないイベントだ。同じ女性として仕事を優先させてくれる勇太の彼女に尊敬の眼差しを贈ると、気まずそうに勇太が目を反らした。
「……別れたんですよ」
「嘘っ!!
どうして!?」
「あー、もう! 俺の事は良いじゃないですか!
とりあえず春海さんがしっかりしてくださいって話です!」
「あ、あぁ、うん。分かった!
……勇太、今度飲みに行く?
話くらいは聞いてあげるよ?」
「あ、それはマジで遠慮します。
春海さん、酔うと面倒くさいんで」
「ちょっと! それ酷くない!?」
ようやくいつもの調子に戻った春海に安心したらしく、勇太が傍を離れる。
「だけど、何でこう忙しいときに限って心配事がまとめて来るかなぁ」
「そんなもんでしょ」
思わずぼやいた春海の言葉に、勇太がどこか達観したように笑った。
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