第121話 変化(10)
自分が発した言葉の重みを感じた途端目眩を覚え、思わずテーブルに片手をつく。
「歩!?」
戸惑いを隠せない春海の声にそれでも背を向けると、滲んだ涙でおぼろげにしか映らない住居スペースに向かって駆け込み音を立ててドアを閉めた。
「っ……う…………ひっく、……ぅ…………っ」
ずるずるとドアに持たれるように座り込むと、身体を丸めて嗚咽を閉じ込める。
諦めることなんて出来ない。
代わりの人なんていない。
好きだからこそ、拒絶するしかなかった。
どうしても嫌いになれないから、春海から離れて欲しい。必死の思いで発した言葉は結局自分の気持ちを中途半端でしか伝えきれなくて、最後まで絶ち切れない自分がとてつもなく情けない。
ドアの向こうは静かなままで、春海はここまで追っては来なかったらしい。その事に僅かな安堵と失望を覚えながら、一人うずくまる背中はいつまでも震えていた。
◇
「……」
ドア越しに聞こえる小さな嗚咽にノックしようとしていた手を下ろして、静かに踵を返す。カウンターに置きっぱなしのバックからスマホを取り出すと耳にあてた。
『もしもし』
「花江さん……」
春海の声にただならぬ気配を察したらしく、一瞬の沈黙があった。
『どうしたの?』
「それが、私にも良く分からなくて……
だけど、多分、」
混乱する頭の中で先程聞こえたすすり泣く歩の声が離れない。その事実を認めたくなくて、それでも伝えなければと途切れた言葉の先を一度深呼吸してから口にする。
「…………私、歩を傷つけた」
『春海がそんな事するはずないじゃない。
きっと、お互い思い違ってるだけよ』
「でも……!」
『とりあえず、そっちに戻ってくるから待ってて。
それとも別の場所で落ち合う?』
「ううん。
歩が心配だし、ここで待ってる」
『分かったわ。
すぐ戻るわね』
スマホを置くと、一気に身体中の力が抜けたように椅子に座り込んだ。自分の言葉をあっさり否定してくれた花江に感謝しつつも、視線は自ずと居住スペースの方に向かう。
『これ以上私に優しくしないでっ!!』
「っ」
歩の言葉を思い出すと、胸がずきりと痛んだ。
向けられた拒絶には嫌悪も敵意も無く、そこにあったのは圧倒的なまでの悲しみ。
何が歩を追い詰めた?
何がいけなかった?
分からない。
すがるような眼差しも、震えを隠すような手も、全てが助けを求めているように思えたのに。泣き震えながら指をほどいたあの時の歩の表情に拒絶された怒りよりも不安が募る。
やがて駐車場に花江の車が見え、安堵と緊張が思考をじわじわと現実に戻す。置きっぱなしのスマホに気づいて立ち上がり、状況を説明するため自分を落ち着かせるよう大きく息を吐いた。
『もう!……もう、無理、なんです!
私は春海さんがっ!』
何かを言いかけて、焦ったように口を閉ざしたあの言葉の先を歩は何と言うつもりだったのだろう?
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