第59話 土曜日午後の二人 (3)
「これだけ別で、会計お願いします」
「分かりました」
レジに置いたかごの中でペティナイフを隅に寄せると、封筒からお金を取り出し食器の会計を済ませる。お釣りとレシートを封筒に戻した後、自分の財布から支払いを済ませた。
「お待たせしました」
店の入口でティーカップセットを眺めていた春海の元へ急ぎ足で向かうと、春海の視線が歩の手にあるレジ袋に移る。
「歩の相棒が見つかって良かったわね」
「すいません。結構時間掛かっちゃって……」
「私だって色々口を挟んだんだから、そういうのは気にしないの」
「でも……」
「歩は気にしすぎよ。私は気にしてないって言ってるんだからそれで良いじゃない。
花江さんのお使いもちゃんとできた事だし」
「お使いって……」
子供扱いされた事に不満を覚えながら、選ぶ間春海を付き合わせてしまったのも事実でそのまま口をつぐむ。
「さてと、これで今日の用事は終わりね」
流れる人混みを避けるように、店を出た先にあるベンチに腰を下ろした春海がぐぐっと背伸びをする。
「あの、ありがとうございました」
「どういたしまして。
じゃあ、次はどこに行く?」
「……え?」
「ん?」
用事が済んだことでてっきりこのまま帰るのだと思っていた歩が驚くと、その反応を意外そうに春海が見る。
「え? 用事が終わったから……帰るんじゃないですか?」
「え? 用事が終わったから、これからはプライベートの時間よね?」
続きがあるのを当然と思っている春海の口ぶりに、あたふたと狼狽える。
約束を交わした日からずっと楽しみにしていた。だけど春海にとっては花江との約束でしかなく、頼まれたから付き合ってくれているのだろうと思っていた。
もしかして──そんな訳ない。
つい期待してしまう自分を心の中で必死に戒める。期待が大きければ大きい程、違ったときの失望もずっと大きいのだから。
黙ったままの歩を不審に思ったのか、少し眉をひそめた春海が問いかけてくる。
「私、歩と出かけるの楽しみにしてたのに、歩はもう帰りたいの?」
拗ねたように不機嫌な声なのに、じわじわとこみ上げてくる喜びに胸が詰まりそうになった。
「ちょっ!? 歩! ど、どうしたの!?」
滲んだ視界の向こうで慌てる春海の姿がぼんやりと映るものの、一度溢れた涙は簡単には引っ込まず何度も袖で目元を拭う。そんな歩を見た春海が「分かった!すぐ家に帰るから!」と子供を宥めるように酷く狼狽えている姿が何だか可笑しくて、嗚咽で詰まる言葉の代わりに首を横に振って精一杯の笑顔を見せた。
「え? 何!?
…………違うの?」
「…………楽しみにしてたって言われて、嬉しくて……」
泣き笑いの顔で何とかそれだけ伝えると、強ばっていた春海がどっと力が抜けたように座り込む。
「っ、はぁ~~、驚かせないでよ~。
あたしめっちゃ嫌がられてるかと思ったわ……」
「ご、ごめんなさい!」
いくら感情が高ぶったとはいえ人前で泣いてしまった羞恥心から我に返ると、重たいため息を一つついて春海が目の前に立つ歩を見上げた。
「あのさ、歩」
「は、はい」
「あんたがどう思ってるか知らないけど、あたし人の好き嫌いははっきりしてる方だと思ってるの。
まあ、仕事とか付き合いもあるし、ある程度は仕方ないって割りきるけど」
「はい……」
「だけど、いくら友人の頼みであっても、好きでもない相手と一緒に出掛けたいとは思わないから」
つまり、裏を返せば歩が好きだから出掛けようとしてくれたという事で。その『好き』が友人に向ける感情であることくらい十分過ぎるほど分かっているけれど。
思いがけない言葉に目を丸くする歩を春海が苦笑する。
「っていうか、嬉しすぎて泣くって、どれだけ拗らせてんのよ」
「っ、…………ごめんなさい」
嬉しさより申し訳なさが勝って謝る事しか出来ない。
「~~っ!! あ~、もうっ!」
「!?」
そんな態度が不本意だったのか、頭を掻きながら立ち上がった春海の苛立った声に、びくりと身体がすくんだ。
「あたし、前々から結構アピールしてたんだけど、どうして伝わんないかなぁ~。やっぱりからかい過ぎたのがいけなかったのかしら……」
「? ……春海さん?」
「よし、決めたわっ!」
「!?」
がばっ、と春海が歩の両肩を掴む。予期せぬ行動とその近さに動けずにいると、直ぐ目の前に春海の真剣な顔があった。
「あたしが歩を幸せにしてみせるから」
「…………え」
「あ、言い方がキザっぽいか。
歩が寂しいならこれからずっとあたしが傍にいる。
だから、二人でたくさん美味しい物を食べて、色々な場所に行って、楽しい事をたくさんしよう?
あたしたちならきっと気が合う友達になれると思うのよ」
「…………」
「……ねえ、聞いてる?」
「は、はいっ……!」
流石に照れくさかったのか、驚き固まる歩に返事を急かす春海の頬は少しだけ赤くなっていて、それでも視線を逸らさない。再び潤みだす目を隠すように両手で顔を押さえながら、それでも何度も首を縦に振る。
「あ~あ、また泣いちゃった。
これじゃ、あたしが泣かせたみたいじゃない。
ほら、これ使いなさいよ」
苦笑混じりの優しい声と頬に触れたハンカチにますます涙が溢れていく。そんな歩に何も言わないまま、ただ黙って背中を擦ってくれる手を感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます