第43話 おおかみ小学校 (2)
金曜日の朝、普段より大きめなバックを提げた春海は、おおかみ小学校を目指して歩いていた。おおかみ小学校は事務所から歩いて5分ほどの場所にあり、近くを通りかかることはあるものの中に入った事はない。
中学校より小さめな校庭と校庭を囲むように並んだ遊具、花壇に植えられた花々が学校を訪れる人を歓迎しているようで、事務所の前の放置された花壇とつい比べてしまう。
今度皆で花を植えるのもいいかもしれない。
そんな事を考えて校舎に入ると校内はひんやりと静かで、二階に続く階段からは先生の声が流れてきている。日頃から人の手が行き届いているのだろう、校舎自体は中学校と殆ど変わらないはずなのに、あちこちで人の気配を感じた。
「あー、先生って今授業してるんだっけ」
最終確認をしようと早めに来たものの、教室に向かうわけにもいかない。チャイムが鳴るまで外で待つことにしてバックを背負い直した途端、廊下のドアが開き年配の男性と目が合った。
「あ、こんにちは。
地域起こしプロジェクトの鳥居と申します。
あの、四年の山下先生にご用がありまして……」
「ああ、講話をしてくださる方ですね。
今日はお世話になります。良かったら中でお待ち下さい」
言い終えないうちに、にこやかに出迎えてくれた男性に誘われるまま職員室に入る。銀色の机が並んだ室内は春海の子供の頃と殆ど変わらない光景だった。
「失礼します」
片隅にある応接用のソファーに浅く腰かけると学生時代に戻ったかのような気分になる。がらんとした職員室で呼び出しを受けた時の先生を待っているようで、くつろげそうにない。と、先程の男性がペットボトルのお茶とお菓子を持ってきた。
「いえ、あの、お構いなく」
「いやいや、お客さんには渡しているんですよ。
持ち帰ってもらっても構いませんので」
持ち帰り用のビニール袋まで差し出され、恐縮しながら受け取った。雰囲気からして校長か教頭だと思うのだが、あれこれ世話を焼いてくる様子は春海の覚えている校長や教頭とはまるで違う。
会話の途中でチャイムが鳴り、二階から椅子を引く音が聞こえてきた。程なくして子供の声とぱたぱたと階段を降りる幾つもの音が重なり、片手に教科書を抱えた女性が急ぎ足で現れる。
「山下先生、地域起こしプロジェクトの方がお見えですよ」
「校長先生、ありがとうございます!」
男性の呼び掛けに笑顔を向けてきた目の前の人物が依頼してきた先生らしい。
「地域起こしプロジェクトの鳥居と申します。
今日は宜しくお願いします」
「四年担任の山下です。
お忙しい中わざわざありがとうございます!」
校長にお礼を言った後、山下が人懐っこい笑みを浮かべた。電話口でしか話した事はなかったが明るい雰囲気とはきはきした口調はいかにも小学校の先生らしく、この人が担任なら学校は楽しいに違いない。「休み時間が十五分しかありませんから」と手短に済ませた打ち合わせの後、山下が壁の時計を見た。
「鳥居さん、そろそろ移動しましょうか」
「はい」
当初四年生のみの授業として行うはずだった講話は、『折角地域起こしプロジェクトの方が説明してくださるのだから』という学校の意向により、急遽全校生徒を対象にしたものに切り替わった。
電話で変更を聞いたときには「全校生徒ですか!?」と尻込みしたものの、全学年合わせても三十人程しかいないらしく「大規模校なら一クラスじゃないですか」と山下から明るく切り返されては了承せざるを得なかった。
少し先では体育服を着た子供たちが次々と体育館に入っていくのが見え、いよいよだと思うと緊張してくる。
「鳥居さん、緊張してます?」
歩きながら何度か深呼吸をしていた春海を山下が労るように聞いてきた。
「そうですね。
まさか体育館で話すなんて思わなかったですから」
「あはは、ですよねー。
鳥居さんには申し訳ないですけど、こんな機会って中々ないんですよ。だから子供たちに是非知ってもらいたくて。あ、壇上には上がらなくて良いですので」
「分かりました」
がやがやと騒ぐ体育館に足を踏み入れると、体育館の前方には子供たち、左横には先生が既に並んでいる。広々とした体育館の大きさと釣り合わない子供たちの人数の少なさに内心驚きながら、山下の後に続いた。
教師以外の大人が現れたことに好奇の目が一斉に春海に集まる中「あの人知ってる」という声がちらほら聞こえてきた。
「?」
声のする方を向けば幾人かの顔に見覚えがあり、体験イベントの参加者だったらしい。春海が見ていることに気がついたらしく、見知った顔が笑顔で手を振ってきて、肩の力が幾分か抜けた。
「それでは一年生の今日の日直さん、号令をお願いします」
始まりのチャイムと同時に山下がよく通る声で子供たちに呼び掛ける。
「今から三じかんめのじゅぎょうをはじめます。れい」
たどたどしい開始の声に児童と先生が「始めましょう」と声を揃える。子供の頃に同じ事を体験していたはずなのに、その光景が新鮮で懐かしくて胸が詰まった。
前に立って今日の説明をする山下を見ながら、頭の中で手順を確認する。緊張で乾いた口が動くように何度か唾を飲み込みながら、先程もらったお茶を飲めば良かったと頭の片隅で小さく後悔した。
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