第18話 町民体育祭 (1)
残暑の暑さが残る日中、買い出しを済ませた歩が買い物袋を両手に抱えながらドアを開けると、『CLOSE』のプレートが掛けられた店内で初老の男性が花江と共に歩を出迎えた。
「ただいまー」
「おかえり」「こんにちは」
「あ、こんにちは」
来客に気づき、慌てて挨拶するも花江に用事だろうと会釈だけして、そのまま冷蔵庫に向かおうとすると何故か花江が呼び止めた。
「何? 花ちゃん」
「歩。こちら、区長の田中さん」
「こんにちは、歩ちゃん。
花江さんの姪ごさんと伺ったけど、良く似てるねぇ」
「は、はあ……ありがとうございます……」
初対面でいきなり距離を縮めてくる態度に若干引きながら足を止める。そんな歩にずいっ、と物理的に田中が詰めよって来た。
「そんな歩ちゃんに折り入って頼みたいことがあるんだが……」
「な、何ですか?」
「町民体育祭の地区対抗リレーに出てくれないかね?」
「…………はいっ?」
田中の要件をまとめると、来週の日曜日に行われる町民体育祭のリレー選手が怪我をして、急遽代わりの選手を探しているらしい。地区対抗とあって一応立候補を募るものの、日曜日を犠牲にしてまで町の行事に参加したいという人はおらず、区長がつてを見つけては参加を呼び掛けているらしい。しかも、高校生、二十代、三十代、四十代の四人一組で行われる男女別の地区対抗リレーは、毎年選手を決めるのが難航しており、花江が予め三十代の選手に選ばれていた縁から、歩に白羽の矢が立ったという訳だ。
『19才でも構わないから』と半ば泣き落としの様に頭を下げられて、結局断りきれずに二十代のリレー選手を受けてしまった。
町民体育祭なんて一度も参加したこともないし、人前で走ることにも抵抗がある。押しきられる様に引き受けてしまった事を後悔しつつも、田中の喜びようを見れば仕方がない、と思う自分にまた呆れてしまう。
「はぁ……」
田中が帰った後、もう何度目かのため息をつくとマグカップを手渡しながら花江がついに笑い出した。
「そんなに真剣に思い詰めなくても良いじゃない。田中さんも『グラウンド半周走るだけだし、順番とか関係ないから』って言っていたし」
両手でカップを包むように持ち、泣きそうな表情で花江に訴える。
「だって、短距離なんて長いこと走ってないし、しかも地区対抗のリレーだよ。嫌でもプレッシャーになるよ」
「大丈夫よ。歩がバトンを渡すのは私だから心配いらないでしょう?」
「う…………花ちゃんが走るなら、順位の心配はしなくても良いのはありがたいんだけどね」
花江の運動神経の良さは折り紙つきで、大抵のスポーツはこなせてしまう。抱えた不安が僅かばかり軽くなったことに安堵しつつも、ミルクと砂糖の入った甘いコーヒーと一緒にため息を飲み込む。
「とりあえず、練習しとかないと……」
小さく呟いた言葉に「相変わらず真面目ねぇ」と花江が再び笑った。
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