第12話 鳥居春海 (3)

「ごちそうさま」


 箸を置くと、同じタイミングで隣の美奈が食べ終えた。グラスの麦茶を飲み干して満腹になったお腹をさする。


「このまま食休みに入りたいわ~」

「あぁ、分かります」


 心地よい充実感に満たされて身体を弛緩させると、美奈が苦笑しながら同意する。


「食べてすぐ寝るとナントカになるらしいっすよ」


「何よ、勇太。言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」

「春海さん、言うと怒るじゃん」

「言わなくても怒るわよ」


 ふとカウンターに目を向ければ歩が勇太とのやり取りを見ていたらしく、目を丸くしていた。春海と視線が合うと、慌てたようにシンクの中に視線を戻すのがおかしい。

 いつの間にか一つ離れたテーブル席の二人組は出ていったようで、この場にいるのは春海達だけだ。途端に気が緩み、ずるずると椅子からずり落ちそうになる。


「あ~、お昼からの仕事、面倒くさいなぁ……」

「じゃあ、休めば良いじゃん」

「そんな訳いかないじゃない」

「うふふ、春海さんの気持ちも分からなくは無いですけどね」


 冷房が効いた店内から見える空はどこまでも青くて、白い雲が高く盛り上がっている。この町に住み始めてから、時間の流れがゆっくりと感じられるのは、きっとどこにいても見える広い空のせいではないだろうか。そんな事を考えていたら、ますます仕事が面倒になってきた。



「三時のおやつに何か甘い物があれば、頑張れるかも。

 ……ねぇ、勇太」

「断る」


「……私、まだ何も言ってないんだけど」

「どーせ、コンビニに行くついでに買ってきてとか言うつもりでしょう」

「凄い。良く分かったわね。それなら話は早いわ。

 お願い、勇・太・君」

「絶対、嫌・で・す。

 そもそも三時のおやつって、春海さんは子供ですか?」

「ちぇっ、ケチ」


「あるわよ。三時のおやつ」


「え?」


 思いがけない言葉に三人共顔を向けると、話を聞いていたらしい花江が小さな藤かごを見せる。立ち上がった春海がカウンター越しに受け取ると、中には一口サイズのマーブルクッキーが詰まっている。


「こんなに沢山、どうしたの?

 もしかして、これ手作り?」

「そう。

 良かったら食べてみて?」


 勇太と美奈に勧めてから、自分でも一つ摘まんで口に入れると、素朴な甘さとサクサクした食感が楽しい。刻んだアーモンドも入っているようで、時折感じられる歯応えが絶妙なアクセントになり幾らでも食べれそうだ。早速二枚目に手を伸ばす勇太を牽制しつつ花江を見ると、笑いながら横を指差している。


「花江さん、これ本当に貰って……え、もしかして歩ちゃんが作ったの?」


「はい」


 伏し目がちに視線を向ける歩が、小さく頷いた。


「すっごく美味しいわよ。

 お菓子作るの上手ねぇ」

「あのっ、ありがとう、ございます。

 その、時々、作るから、………良かったら、貰って下さい」


 春海の素直な賛辞に慌てた様な歩が、恐る恐るといったように言葉を続ける。接客はそつなくこなすのに、何でもない会話になると途端に自信無さげに縮こまるいつもの歩の姿に、そんなに怖がらなくても良いのに、と思いながら怯えさせない様に笑顔を浮かべた。


「じゃあ、三時のおやつとして大切に食べるわ」


「ふふふ」


 思わず、といったように笑う歩の表情が普段のぎこちない笑みとは全く違う、真っ直ぐな心からの笑顔で、思わず視線が釘付けになった。


 へぇ、この子こんな笑い方が出来るんだ──


「……あの?」

「ううん、ありがとね」


 一瞬で思い巡らせた思考を現実に引き戻して笑顔を返すと、テーブルの伝票を掴んで立ち上がる。


「よしっ、昼からも頑張るか~!!」


 気合いを入れて立ち上がる春海を勇太が驚いたように見る。


「おお、春海さんが燃えてる……!」

「もちろんよ!」

「じゃあ、オレの仕事も手伝ってくれますか?」

「もちろんよ、って言う訳ないじゃない!!

 自分でやれ!!」


 最初から最後まで賑わったお昼休みを終えて、意気揚々と『HANA』のドアを開けた。

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