第4話 叔母の友人 (4)

「いらっしゃいませ」


 ランチのピークが過ぎた頃、ドアベルにつられ反射的に顔を上げると、目の前にいたのは春海だった。


「久しぶり、歩ちゃん」

「、お好きな席へどうぞ」


 何故か言葉が出てこなくて一拍遅れて挨拶を返すと、慣れた様子でカウンターに向かう後ろ姿を見送る。お冷やにおしぼりを添えて春海の傍に置くと、久しぶりの横顔にどことなくぼんやりした表情が浮かんでいるのに気がついた。


「……出張、大変だったんですか?」

「どうして?」

「なんか疲れてそうだなって……

 あ、すいません……」


 歩の一言で春海が繕ったように表情を変えるのを見て、触れてはいけない話題だったかと中途半端で止めると、少しだけ目を見開いた春海が、無言のまま静かに笑みを浮かべた。



「……ありがと」


「!?」


 いつものようにからかいを含んだ笑みではない、親しい友人に向ける信頼を含んだ微笑みに、一瞬、息が止まりそうになり、ぼそりと聞こえた呟きに胸が締めつけられるくらいの痛みを覚える。


 咄嗟に胸を抑えそうになる腕を何とか止めて、顔を隠すようにカウンターに戻った。



 花江にも春海にも顔を見られないように気をつけながら、そっと頬に手を当てる。自覚した以上に頬が熱く、心臓がどくどくとなっていて、春海を直視できない。こんな姿を見られるわけにはいかず、何度も小さく深呼吸して火照りを落ち着かせると、接客に戻った。


 ◇


 春海が食事を終える頃にはいつもの歩に戻り、現在春海は出張先での出来事を花江と話している。ようやく先程の動揺から立ち直った歩は少し離れた場所から、二人の会話を聞くとはなしに耳に入れていた。


「という訳で、これがそのお菓子。良かったら食べてね」

「え! ありがとう。

 凄く美味しそうに話すから、てっきり自慢かと思ったわ」

「あはは、そんな訳ないじゃん!」


 笑い合う二人の雰囲気がやけに楽しそうで、何だか居心地が悪く思えてしまう。今日ばかりは奥に戻っておけば良かった、と後悔してそっと自室に戻ろうとした歩を後ろから春海が呼び止めた。


「はい、これは歩ちゃんに」

「えっ!?」


 カウンター越しに小さな紙袋を目の前に差し出され、戸惑ったまま尚も差し出される紙袋に反射的に手を開くと、かさり、と軽い音を立てて手の平に乗せられる。


「あ、ありがとう、ございます……」


 自分にもわざわざお土産を買ってくるなんて、と、信じられずに何度も春海と手の平を見比べていると、春海が苦笑した。


「中身はストラップ。別に高い物じゃないから気軽に受け取ってよ。開けてみて?」


「は、はい」


 袋を開くと、大小のビーズが幾つも連なったストラップが現れる。そっと持ち上げてみれば、ラメ入りなのか光に反射し、キラキラと不思議な輝きを放っていて、その美しさに思わず息をのんだ。


「…………綺麗」

「へぇ、綺麗ね」


 横から覗きこんだ花江と歩の言葉に嬉しそうな表情を春海が見せる。


「そうでしょう。ホテル近くで見つけた雑貨屋さんの手作りらしくて、一目惚れしたのよ」


「……あの、私が、貰って良かったのですか?」


「勿論。

 他にもピアスとか色々あったんだけど、こればっかりは好みがあるだろうから。

 あ、もしかして要らなかった?」

「い、要ります!」


 思わず声をあげた歩と春海の視線が合う。はっとした歩を少し意地悪そうにそれでいて嬉しそうに、春海がにやりと笑った。


「うんうん、素直で宜しい」

「!?」


 絶句する歩にますます笑う春海の視線を避けるように俯くも、自分の顔が熱くなっているのが分かる。

 いたたまれなくなって逃げ出した手の中にはそれでもストラップがそっと握られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る