陰陽師
東風和人(こちかずと)
顔無し
「何者か。何者か。
問う声がする。森が、川が、風が。
何度も何度も――
*
目を背けたくなるような黄昏の中、ぽつんと男が一人立っている。ここは京の都の洛外に位置する、低級の人間が住む市街地である。都とはいえ、洛中を外れてしまうと高い建物も無い。日が路地に射すと、男の影が長く伸び、その身を黒く染める。
もう直に日が暮れ、夜がくる。そうなればそこは人間の領域ではなくなる
暫くして、一匹の小柄な餓鬼が民家の塀を足取り軽く飛ぶようにして伝い、男の立つ路地へやってきた。少し離れたところから男を認める。
「お。あんなところに人間が居やる」
餓鬼は遠巻きに男を観察する。
だが男は先ほどと変わらず動かない。
「何をしとるんだ?ここからではよく見えん」
餓鬼はするすると、しかし物音を立てぬよう慎重に足元を確認しながら塀を伝い、男に少しずつ近づいていく。
「ひっ!」
途端、餓鬼に凄まじい悪寒が走る。気づかれたと思いすぐさま男へと顔を向けると、いつの間にか、ぽっかりと影のような真黒な顔だけがこちらに向いている。驚いた餓鬼は、一瞬、後ろへ飛び退こうと試みる。しかし、どういう訳か、その細い脚はピクリとも動かない。その間に、顔無し男はゆっくりと餓鬼に向かって動き出し、硬直して動けない餓鬼の目の前まで歩みを進める。
「た、助けてくれぇ……」
恐怖から涙目になって懇願する餓鬼を。
顔の無い者は、頭から飲み込んだ――
陰陽師 東風和人(こちかずと) @kochi_kazuto
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