ズーロランドにて (6)
ウルラは、ヴァヴァズの口真似をして
「ひっかけだよ・・・ひっかけだよ・・・あれは。」
本物のヴァヴァズのほうはといえば、何も言わずに、ただ不安そうに周囲を見渡した。まず左右を見渡し、ついで上空に目を上げた。中天から西に傾いて、やや
ヴァヴァズは、
迫り来る脅威を、誰よりも早く、誰よりも強烈に感じ取ることのできるヴァヴァズは、しかし、誰よりも表現力に劣り、その恐怖の感情を発散させることができない。彼女は、まるで
まだ17歳のサルダは、どうしたら良いかわからず、パニックに陥ったヴァヴァスの様子を不安そうに眺めている。ロゼオは、ありとあらゆる意味で
「ひっかけだよ・・・ひっかけだよ・・・あれは。」
ウルラは、なおも小さく呟き、思わせぶりな動きで遠方かなたを左右に
「敵の一群が、遠くのほうで、進軍してくるような素振りを見せている・・・来そうで、来ない。なにか思わせぶりに、行ったり、来たりしている。さて、そのとき、お前らは、なにをすべきなのか?」
ウルラの脳裏へ、リー・ウォンの顔が浮かんだ。唐突に、不意に浮かんだ。
そう言った時、珍しく彼の顔には笑顔があった。どことなくこちらを見下し、
ウルラは、すかさず手を上げた。リーが彼女の名を呼んで指す前に、ウルラは、自分がこの教習所でもっとも有能で優秀な戦士であることを彼に示すため、いち早くこう叫んだ。
「
「ほう・・・なるほど。ウルラ、その目的は何だ?」
リーは、少しだけ感心したような、しかしどこかまだ嘲るような笑みを
ウルラは・・・実のところ、彼女に正解はまるでわからなかった・・・少しつまりながら、その場の機転で、脳裏に浮かんだことを言った。
「それは・・・敵の意図を探るため。こちらの姿を隠しながら、近づいて、敵の動きを見張るんです。」
少し、もじもじしながら答えた。
リーは、軽くうなずき、こう言った。
「なるほど・・・慎重で、もしかしたらよい策かもしれないな。だが、いつもいつも、お前にそのような時間的余裕が与えられているかな?他になにか、意見はあるか?」
後ろのほうに居たリリアが、立ち上がって答えた。
「それは、なにか、敵がよからぬことを考えている、っていうこと!」
リーは、明らかに困ったような顔をして言った。
「それは、答えになっておらんな。どうすべきかを私は質したのだ・・・それに敵は、いつもよからぬことを考えている。だから、お前たちの敵なのだ。」
その場の皆が笑い、リリアは真っ赤になってうつむいた。ウルラは少し得意な気持ちになって、教官に軽く
リーの平たく四角い顔から、一切の笑みが消えていた。
彼は、冷たいいつもの口調に戻り、重々しくゆっくりと、状況を
「いまお前らは、敵を前にして
背筋をピンと伸ばし、首を斜め下にかしげて、まっすぐウルラを見た。
そして、言葉を継いだ。
「いっぽう、リリアはこう言った。それは、敵がなにか良からぬことを考えている証であると・・・教えてやろう、正解は、こうだ!」
最後の言葉だけ、10倍は大きな声で叫んで、一同に叩きつけた。
同時に、背後の扉が3箇所同時に開き、黒い覆面をした男たちが一斉に乱入してきて、手にした
悲鳴が響き、極限の恐怖にかられて泣き叫ぶ子どもたちの声が、狭い部屋じゅうにわんわんと
火薬の煙が風に吹かれて窓から出ていき、立ち込めた砂煙がゆっくりと地に舞い落ちてあたりの空気が落ち着くと、子どもたちは、手を頭から離し、あたりを見廻して、おずおずと立ち上がった。誰一人として撃たれてはいなかった。
リー・ウォンは、そのまま身じろぎもせずに直立し、ガマスの森の
「立て!いますぐ立て!そして気をつけ!」
子どもたちは音を立てて立ち上がり、一斉に気をつけの姿勢を取った。動物的な反射行動である。この数ヶ月、一日何百回もこの繰り返しばかりを仕込まれた。もう、何を考える必要もない。何を判断する必要もない。ただ、リーの掛け声がかかれば、立ち上がり、そして気をつけの姿勢を取るだけである。
皆、リー同様にピンと背筋を伸ばし、
リーは、かすかにうなずき、そして左右に数歩だけ歩きながら、こう言った。
「敵が、なにかこちらの想定外の行動を取る。意味ありげな
そう言って、全く笑わず一同を見渡すと、こう言葉を継いだ。
「それは、敵が、なにかよからぬことを考えているということだ。お前らにとって、致命的な、とんでもなく糞ったれな何かを企んでいるということだ!そして、それを見落とすと、お前らは死ぬ!今のは空砲だった。だが、実弾を込めた男たちが背中から襲ってきていたら、お前らは全員、ただの黒い肉の小間切れになっていた。そして今ごろは、ジャッカルの餌だ。」
そして、まっすぐウルラを睨み、こう言った。
「正解は、リリアだ。お前の考えた偵察案は却下だ。お前が軍を率いると、全員が死ぬ。お前は、いま全員を殺したのだ。どうだ、なにか言うことがあるか!」
そのときウルラの眼は、涙で一杯になっていた。彼女はただ、
「ありません。」
と消え入るような声で答えるのが精一杯だった。
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