ズーロランドにて (4)

炭素繊維グラファイトの虫けらを3つほど、殺っつけた。自らを囮にしたリリアの勇気で、敵の編隊にかなりの打撃を与えることができたのだ。さすがは、リーダーだ!残りは、おそらく4つか5つ。今はまだ、川床の遥か彼方をバラバラに飛んでいるはずだが、おそらく通信リンクの途絶に気づき、今頃は猛スピードでこちら目掛けて空を駆けて来ているはずだ。


しかし、到着までには、おそらく数分・・・いや、数十秒の間があるだろう。


ごくわずかの間だけだが、なんとか、ひと息つける。もしかすると人生最後の数十秒となってしまうかもしれないが。安らぎは安らぎだ。ウルラは息を弾ませながら峡谷を背にして座り込み、安らぎの刻に欠かせない唯一のもの、ブッシュ・パンツの右のポケットに入っているマルボロの紙箱を取り出した。


残り少ない煙草にライターを近づけ、あの甘美な最初のけむりを吸い込みながら、ウルラは、200メートル彼方に立っている彼女たちの英雄ヒロインに向かって拳を突き上げ、親指を立てた。


「ブラボー、リリア!あたしたちのリリア!!」

ヴァヴァズとサルダが、それに唱和した。一拍遅れて、疲れた顔のロゼオもサムアップして、それに和した。


ウルラたちは見ていた。リリアが、ただ奴らに撃ちすくめられて震えていただけではないのだということを。




最初の2機が墜落し、機敏に身を翻して崖下に退却しようとした残りの1機の尾っぽの先に初弾を命中させたのは、伏せの姿勢からいち早く立ち上がったリリアだったのだ。彼女は、腰だめにした歩槍シャイナからセミ・オートで狙いすました数弾を放ち、忌々しい、奴の制御コントロールうしなわせ、その動きを空中でめた。


ウルラたち仲間が、それをよってたかって、撃ち竦めた。奴は、脆弱な尾部と側部におそらく数十の被帽徹甲弾フルメタル・ジャケットの嵐を喰らい、漏れた動力油か搭載弾の薬莢やっきょう内に引火して、たまらず、その場で爆砕してしまったのである。


「ざまあみろだい!みんな、よくやったね!」

彼方から、上気したリリアが、飛び跳ねながら叫んだ。


「オゥイ!オゥイ!俺たちゃ最強!!おととい来やがれ糞野郎!ヴァ トゥ フェ-ル アンキュレ

全員が、この隊のスローガンを大声で唱和し、拳を握って、しなやかな腕を虚空こくうに突き上げた。




烟を吐き、一息つくと、ウルラは立ち上がった。戦いは、まだ終わっていない。


マルボロをくわえたまま片手に歩槍シャイナつかみ、眼下の川床を見つめた。異変を察知し、かなたで集合しつつある4機。残っている敵は、おそらくあの4機だけだ。距離はまだ優に1キロはありそうだ。奴らの水平飛行のスピードでも、あたしたちの足元までやって来るのに、全開で約30秒。上昇分を入れて、おそらくは・・・約1分。


いつのまにか、ヴァヴァズが横に来ていた。二人の肩の筋肉が、汗といっしょにひっ付く。白人種ホワイティの血が入っている彼女の筋肉質の四角い身体は、どことなくいかつく、堅い。どこにも、女としての魅力なんて無い。だがこの子は・・・ヴァヴァズは、戦闘においては、絶対的に頼りになる戦士だ。その眼はあおく、褐色の肌には似合わない。瞳の色が薄くて、眼があるのかないのか、遠くからではわからないことすらある。だが、視線は常にまっすぐ。いつも軽く眉根を寄せ、少しこわい顔をしている。


ヴァヴァズは、言った。

「おかしいね。」


「えっ?」

ウルラは、戦友ともの意外な言葉にびっくりした。

「何がさ。」

「おかしいよ。」


ヴァヴァズは、常に言葉少なだ。言いたいことは山ほどあるのに、伝えたい感情だって、湖の水ほどあるのに・・・まともな教育のない彼女の語彙ごいは限られている。まわりのみんなが悲しくなるくらいに。だからみんな、心のどこかで彼女のことを、いつも気にしている。


いや、教育がないことは、ヴァヴァズに限らず、ここにいるみんな似たようなものだが・・・だが生い立ちが特に複雑で、どこでどうやって赤ん坊の頃をすごしたのかすらわからない彼女の場合、感じたことの半分も、言葉にして人に伝えることができないのだ。


だから彼女は、常に眼の力で会話する。ヴァヴァズが眉根を寄せ、どこかをにらんで「危ないよ。」というときは、本当に危ないときだ。「マズいよ。」というときは、マジでマズいときだ。だから・・・




ウルラは、もう一度、かなたで集合しつつある、奴らの姿を眺めた。


「おかしいよ・・・おかしいよ・・・おかし・・」


まるでヴァヴァズになり切ったかのように小さく呟いて、その動きを注視した。




遠くから、隊の英雄リリアが、大声で呼びかけてきた。まだ、あの勝利に酔った弾む声のままである。

「あんたたち、何を見てんのよ!奴ら、そっちに居るの?」


「ええ・・・そうよ!でもどこか、おかしいんだ。」

「え?何がよ!」

リリアの声に、心配そうなかげりが入ってきた。


「奴ら・・・あっちで集合してる。すぐにこちらを、襲ってくればいいのに。でもなんか違う、なんか違う動きをしてるんだよ。」

ウルラは、大声で叫び返した。


サルダとロゼオも、すぐ脇に走って来た。




「なんか、おかしいよ・・・おかしい。」


ヴァヴァズは、なおも言いつのった。そして、ハッと気づいたように、彼女の通常の語彙にはないはずの言葉が出てきた。




「ありゃ、ひっかけだよ!」

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