第37話 決意
ご飯を食べ終えて自室に戻ると、愛奈萌から電話がかかってきた。
こちらから連絡しようと思っていたので都合がいい。
『もしもし辰馬』
「ああ、どうした?」
返事をしながらベッドに座る。
『いや……どうしたって用でもないんだけど、さ』
愛奈萌の声がいったん止まる。
『知佳から、辰馬に嫌われたかもってメールが来て、いちおう連絡しとこうかなって』
私のせいでもあるし……と愛奈萌が申しわけなさそうに続けたが、愛奈萌のせいなわけあるか! 彼女は今日風邪で寝込んでしまって勉強会に参加できなかったことを謝罪しているのだろう。私がその場にいたら仲裁できたかもしれないのにって。
本当に、愛奈萌は優しすぎる。
「そういうことか。すまん。心配させて」
『別にいいけどさ。……で、ほんとのとこどうなの?』
愛奈萌の声が少しだけ大きくなった。詰問されているかのようなプレッシャーを感じる。
「ちょっといろいろあって、喧嘩みたいなことになってさ。でも大丈夫。いまから謝ろうと思って電話しようと思ってたとこ」
『そっか』
愛奈萌の声に柔らかさが戻った。安堵の息も電話越しに聞こえる。
「でさ、そのついでってわけでもないけど、愛奈萌にお願いがあって」
『私に?』
「うん。実は明日、知佳と一緒に遊びに行こうと思ってるんだけど、一緒に来てくれないかなって。ほら、二人きりだと昨日の今日で気まずくなるかもだし、できれば助けてほしいなって」
『なるほどねぇ。私に潤滑油になれってこと、か』
「まあ、早い話がそうかな」
都合のいいお願いだと思う。楽しいが確定しているならまだしも、気まずくなった二人の間に挟まれるなんて、厄介ごと以外の何物でもない。
しかし、愛奈萌は快活な声で即答してくれた。
『そういうことなら、私に任せとけ』
彼女が胸をポンと叩くさまが容易に想像できた。
本当に、愛奈萌と友達になれてよかった。
こんな子をこきおろすなんて、世間やネット民のたかが知れるわ!
「ありがとう愛奈萌」
『いいってことよ』
「じゃあお願いついでに、あともうひとつだけ」
『まだなんかあんの?』
「実はさ」
俺は大きく息を吸う。別に愛奈萌に言う必要はないのだけど、自分の退路を断つために、誰かに俺の決意を伝えておきたかった。
「明日、知佳に好きだって告白しようと思って」
瞬間、なにも聞こえなくなる。
深海に放り込まれたかのようだった。
『……ふーん。そっか』
愛奈萌の落ち着いた声は、凪いだ空間に綺麗な波紋を作った。
鼓膜が気持ちよく揺れている。
『いいんじゃない?』
愛奈萌に驚いたような感じは見受けられなかった。むしろ納得したという感じの声音であっさりと肯定してくれた。
『あ! ってことは、明日は辰馬が直前でビビッて逃げないように、しっかり監視しないといけないってわけね』
「ああ。よろしく頼む」
『辰馬がBLに目覚めなかったのはちょっと残念だけど』
「悪かったな。目覚めなくて」
『いいって。これからいくらでもBLチャンスはあるから』
「いやねぇよ!」
二人して笑い合う。『んじゃ、いまから計画たてとこーぜ』という愛奈萌の提案にのっかり、明日の告白までの流れについて少し話してから、電話を終えた。
「よしっ、次は……」
知佳への電話だ。意識した途端、身体がそわそわし始める。意味もなく部屋をくるりと一周した後、ようやくコールボタンをタップできた。
「……ふぅ」
耳に押し当てたスマホが小刻みに震えている。
ツーコール、スリーコール……。
まだ出てくれない。
今日のことを気にしているのだろうか。
四回目のコールが終わる。
五回目。
六回目。
心臓が早鐘を打ち始めた。
七回目、そして、八回目の途中で、
『……もしもし』
「もしもし? 知佳か?」
食い気味でそう尋ねていた。スマホを握る手に力が入る。
『うん。そうだけど』
「今日は悪かった。その、あんな風に帰って」
電話なので知佳に俺の姿は見えていないのだが、俺は深々と頭を下げていた。
『わ、私の方こそ、ごめんなさい。辰馬の気にさわることしちゃって』
「そんなことないんだ。知佳はなにも悪くない」
『でも……私は』
「だからさ!」
俺は知佳の言葉を遮った。
その強い言葉で、知佳の迷いも断ち切ってやりたかった。
「明日、遊びに行かないか?」
『明日……』
「ああ。明日。今日のこともあって二人きりは気まずいだろうから、愛奈萌も一緒にさ」
『…………』
「なんていうか、みんなで遊びたいなって。今日の埋め合わせって言うか、その……俺が知佳と一緒に遊びたいなって」
『…………』
「それと、明日は知佳に大事な話があるから、絶対に来てほしい」
『…………わかった。行く』
その決断をするまでに、知佳はいったいどれほどの葛藤をしてくれたのだろう。今日のことで知佳からの信頼をかなり失ってしまった。もとから信頼されてなどいなかったという可能性を考えるのは、傷つくだけなのでやめときます。
「ありがとう、知佳。すごく嬉しい」
知佳が行くと言ってくれたこと。
いまはその事実を素直に喜べばいいじゃないか。
それから明日の待ち合わせ場所と時間を決めて、俺は電話を切った。
今日、知佳の家に置き忘れていた荷物は、後日取りに行くことにした。
「ふぅ……」
ベッドに座り、息を吐く。
使い古した安物のマットレスなのに、お尻がいつもより深く沈んだ気がした。
「……さて」
これからあとひとつだけ、やることが残っている。
それは、明日着ていく服を決めることだ。
「なに着てくかなぁ」
今日の服だって途方もない時間をかけて決めた勝負服だった。しかしまたそれを着て行けば、二日続けて同じ服となる。明らかに不潔だし、印象がよくない。
「こういうときは……」
恥ずかしさやプライドなんて、知佳のためなら些細なことだ。俺は部屋を出て、姉ちゃんにご教授を得るために階段を下りてリビングに向かった。
全裸の姉ちゃんに俺が着る服を選んでもらうという状況は、意味が分からなすぎるので割愛しておきます。
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