第31話 ああ、だから俺は……
知佳の家は、住宅街によく馴染む普通の一軒家だった。
ただ、俺はこの中に車椅子の女の子が住んでいると知っているからか、スロープや手すり等、とにかくいろんなところに気を使って建てられている家だなと感心することができた。
これも両親の愛ゆえだろう。
俺も母さんのためにこんな家を建てたかったなぁ、そのために勉強頑張ってきたんだけどなぁ……なんていまはどうでもいいか。
気合を入れるため頬を叩く。
ってか日差しと緊張のせいで汗がほんとにヤバい。
靴の中も脇も背中もびしょびしょだけど、俺は消臭スプレーと制汗スプレーのことを信じてるからね。
「よしっ」
死ぬほど深呼吸してから、震える指先でインターホンのボタンを押す。
すると。
「お、おはよ。い、いらっしゃい」
車椅子に乗った知佳がすぐに出てきた。
あ、その扉スライドさせるものなのね。
車椅子だったらその方がいいに決まってるか。
「お、おはよう、知佳」
挨拶がどことなく他人行儀になってしまった気がする。それくらい、俺は知佳の姿に見惚れていた。
知佳は薄いピンクのブラウスに白色のカーディガンを羽織っていた。デニム生地のショートパンツから伸びる足は、健常者のそれと変わらないように見える。その足は毎日、お母さんに長時間足を揉んでもらったり、動かしてもらったりしていると言っていた。
ほんとに知佳は愛されてるなぁ。
子供だから気づかなくて仕方ないとはいえ、俺だって母さんにそれくらいならできたよなぁ。
「あんまりじろじろ見ないで。恥ずかしいから」
知佳が頬をほんのりと赤く染めながら、気まずそうに視線を流す。
「あ、悪い」
そんなにじろじろ見ていたのか俺。だって可愛いんだもの。気持ち悪いなんて思われたら最悪だから、ちゃんと弁明しとこう。
「ほ、ほら。制服以外の姿ってめずらしくてさ、つい」
「そういえば私も、辰馬の私服見るの初めてだ」
くしゃりと笑った知佳は、それから俺の方を見たり視線を逸らしたり……明らかに落ち着きを失っているように見えた。
って、俺を一向に家に上げてくれる様子がないんですけど!
な、なんだ?
なにかを待っているように見えるなぁ……。
「あっ……」
俺は思い出した。
愛奈萌からドタキャンのメールが着た後、さらにもう一通メッセージが届いていたことに。
《ちゃんと服を褒めてあげなよー。昨日私とお出かけデートしたときに買った服着るって言ってたから》
つ、つまり知佳は俺が服を褒めるのを待っているのではないだろうか! これは希望的観測か? ああどうしたらいいんだどうやって褒めたらいいんだ! 語彙力求ム! 全ての小説家よおらにボキャブラリーを分けてくれ!
「ど、どうしたの?」
俺が悩みに悩んでいると、知佳がひょこっと首を傾げた。頬がうっすらと赤い気がする。
「い、いや、別になんでもないけど……」
「けど?」
「その服、似合ってるよ。可愛いと思う」
小学生でも言えそうな言葉で褒めるのが精いっぱいだった。
くそ。
せっかく土曜日という貴重な休日を使って選んでくれた服かもしれないのに。知佳を目の前にしたら可愛いという感想しか浮かんでこないんだからしょうがないよね!
「か、かわ、に、ににに似合ってる?」
「ああ、にに、似合ってるよ」
俺の噛みまみたっ! な褒め言葉を聞いた噛みまみたっ! な知佳は、びくりと両肩を上げたまま固まっていたが。
「ありがとう。辰馬も、服、かっこいいよ」
嬉しそうにはにかんでくれた。
ああ、なんだこれ。
知佳さんマジ女神。
身体が興奮に打ち震え、ぞくぞくと粟立っている。
嬉しすぎて、うれ死んじゃうよぉ!
「ありがとう。でも、なんか意外だな」
「意外?」
「知佳も普通の女子高生と同じような服を着るんだなって。ああ、それが悪いって意味じゃなくて、えーと、車椅子に乗ってるから、その、障碍者用の服みたいなのがあるのかなって」
「前言わなかった? お母さんがね、足が動かないせいでおしゃれが楽しめないのはよくないって言ってくれたの。だからかえって服はみんなより多く持ってるかも」
そうだった。以前靴を穿きかえているのを見て、同じようなことを問いかけたんだった。
あれ?
じゃあ、昨日は俺のためにわざわざ買いに行ってくれたってことでいいんですか? いま持っている服の中から選んでもよかったのに? ……ははは。なわけないよね。
愛奈萌と遊びに行く予定があって、それでついでにショッピングしただけだよね。俺のために服を買ったわけじゃないよね。
――って愛奈萌とショッピングデートしたのか!
ようやくその事実に気がつく。ああ、知佳にもようやく、女友達と休日にお出掛けするっていう、普通の女子高生みたいなことができたんですね。
「そうなんだ。やっぱり知佳のお母さんも素敵な人なんだね」
ここで愛奈萌の話題を出すのも変だなと思ったので口にしなかったが、勢い余ってお母さん『も』なんて言ってしまった。
「うん。お母さんもお父さんも、ほんとに親身になって私のこと考えてくれる。足が動かなくなって、両親やいろんな人の愛を感じられて、私いまがすごく幸せなんだ」
本心から言っているんだなとわかる優しい声だった。
足が動かないことを悲観せず、こうやって前向きに捉えることができる。
そんな彼女なら、これから先どんな状況に陥っても幸せを見つけることができるだろう。
俺のお母さんと同じだ。
それは人間として、一番素敵な能力だと思う。
そんな素敵な考え方ができる知佳だからこそ、当たり前の幸せを当たり前に獲得ほしい。絶対に歩けるようになってほしい。
「ああ、そっか」
俺はそこで初めて自覚した。
だから俺は知佳が好きなんだ。
心の底から惚れているんだ。
「ん? どうしたの?」
「いいや、なんでもない」
その仕草や上目づかいがすごく愛らしくて、俺は平静を装ってごまかすので必死だった。
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