第21話 新たな扉開けちゃったぁ!!

「あ、そうだ二人とも、ちょっと私についてきて」


 そう言って歩き出した愛奈萌の後を、なんだろうと追う。


 すると、愛奈萌は人気のない体育館裏で立ち止まった。


「ここなら、大丈夫そう」


 辺りをきょろきょろと見渡した愛奈萌が鞄の中に手を入れ、クリアファイルを取り出す。


「実はさ、私、小説書いてるんだ」


 俳優業をやっているときに脚本家に興味も持って、それで自分でも書いてみよう! と思ったらしい。


「それで、読んで感想聞かせてほしいなって思って。恥ずかしくていままで誰にも見せたことないけど、二人になら見せてもいいかなって」

「俺たちが最初の読者になってもいいってこと?」

「ううん。二人が最初の読者になってほしいってこと」


 両手で持っているクリアファイルをぐっと胸に抱きよせる愛奈萌。


 え、え、純粋に嬉しいんですけど。


 俺たちが最初の読者になれたこともそうだし、愛奈萌が自分の趣味を明かしてくれたこともね!


「まだ冒頭だけだけど、結構自信あるやつだから」


 俺は愛奈萌から原稿を受け取ると、知佳にも見えるようにしゃがんで、知佳と一緒に読んでいく。


 

 ――孤独とか憂鬱とか寂しさとか、心に蟠っている灰色を忘れたいから恋をするのに、孤独とか憂鬱とか寂しさとかをかえって思い出すのが恋なんだって、誰かが言っていた。


 

 おっ、すげー興味をそそられる始まりだ。

 小説家っぽいぞ。



 ――俺は今日、恋人にふられた。



 主人公は男で、失恋の物語なんだな。



 ――理由はわからない。なにも言ってくれなかった。俺は悲しみに打ちひしがれ、生きる希望すら失いかけていた。


 

 ――でも。


 

 ――俺は、兄貴の恋人に心を奪われた。



 なるほど、兄弟間のドロドロの恋愛ドラマか。

 面白そうじゃん。



 ――兄貴の恋人の身体は、少しだけ筋肉質で、だけど優しく丁寧に俺を包んでくれた。息遣いも頭の撫で方も体温も、その全てが初体験。すごく心地よかった。



 おお、すごい臨場感がある気がする。

 普段から小説を読む人間ではないから正確な判断はできないけど、すごくいいんじゃないか?



 ――そして彼のそれは、俺のよりもすごく大きい。彼の大きさを受け入れ、うねるような波を感じた瞬間に、俺はもう屈服していた。



 ん?

 読み間違いかな?



 ――でも、怖くはなかった。初めての体験は天にも昇る快感だった。彼のそれを受け入れたとき、俺の身体の奥底から俺の知らない声が出て、嬌声が神経を駆け巡った。



 ――孝人たかとくん。すごいよ、君は。



 ――はい。雅治まさはるさん。



「ってBLかよ! そういう意味の恥ずかしいかよ!」


 思わずツッコんでしまう。


 確かに彼女は小説を書いていると言っただけで、なんのジャンルかまでは言及しなかったけども、BLとは思わないじゃないか!


 ただ、愛奈萌が俺たちにをさらけ出してくれたことは、すごく嬉しかった。


 小説、しかもBLという世間から偏見の目で見られかねないジャンルだからなおさら。


「ど、どう?」


 上目遣いで聞いてくる愛奈萌。


 これって……あれだよね?


 文章表現とかを、どう? って聞いてるんだよね?


 これ読んでBLに目覚めたんじゃないの? とか、取材のために裸を見せてほしい、とかを聞かれてるんじゃないよね?


「すごいよ愛奈萌。こんなに書けるなんて」


 俺が貞操の危機を覚えている間に、知佳が感嘆の吐息を漏らしながら称賛した。


 ……あれ、なんでちょっと興奮気味?


 恍惚とした表情浮かべてるの?


 もしかして知佳、新しい扉開けちゃった?


「ほんとに?」


 すごく嬉しそうに愛奈萌は足をバタバタとさせる。


 自分の創作物を褒められるのは、そんなに快感なのだろうか。


「で、辰馬は?」

「そ、そうだな。俺は多分、この小説の想定される読者ではないんだろうけど、続きが気にはなるというか、文章もいい感じで」

「なに言ってんの? 文章とかどうでもいいよ。そんなこと聞きたいんじゃない」

「じゃあなに?」

「それを読んでなにか感じなかったかってこと」

「だから、読みやすいと思って」

「ああもう!」


 頭を掻きむしる愛奈萌。


「そうじゃなくて……BLに目覚めたかって聞いてんの! 興味湧かなかった? もし内から湧き上がるものがあったならいろいろと取材を」


 やっぱりそういう意味で聞いてたのかよ!


「いや……それは…………ごめん」

「え、逆になんでハマらないの? BLは神秘、宇宙、人類の根源なのに! 私のBLは本物のBLじゃなかったってこと?」

「なんだそりゃ! どんだけBLというものを過信してんだよ! BLが人類の根源だったらもう人類いないからな!」


 残酷ですが、同性同士では子供はできません。


「そんな一般論はどうでもいいからさ。……そうだなぁ、じゃあ辰馬が思うBLを聞かせてよ。人には人のBLがあるしね」


 どっかの乳製品のCMみたいに言わないでくれます?


「そんなもん、BLイコール、ボーイズラブ。はい終了」

「ほら、やっぱり神秘、宇宙、人類の根源じゃない」

「なんでそうなる! 新たな三種の神器みたいに言うな! 新興宗教の教祖が言いそうな言葉トップスリーを独占するな!」


 それからも愛奈萌は、俺のツッコミをものともせずBLへの愛を熱烈に語り続けた。


 もしかしてこれはヤバい引き出しを開けてしまったのだろうか?


 俺はそう思わずにはいられなかったが、BLに対する愛の言葉を、早口で永遠と話す愛奈萌を見ていると、俺まで幸せな気分になれた。


 好きなものの前では、誰もが盲目に、他人からの見え方を気にせずに、熱烈にキモくなれる。


 愛奈萌も俺たちとなんら変わりない人間なんだなと思ったとき、俺は、これまで愛奈萌のことをという特殊なフィルターをかけて見ていたんだと気が付いた。という特殊なフィルターを通して知佳のことを見るという、クラスメイト達が知佳に対してやっているのと同じことを、俺は愛奈萌に対してやってしまっていたというわけだ。


 ありがとう愛奈萌。


 大事なことに気付かせてくれて。


 俺は一向に喋るのをやめない熱烈過激BL少女を見ながら、一限への遅刻の言いわけなににしよう……と思案するのであった。

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