やるせなき脱力神番外編 恋愛モノ習作
伊達サクット
恋愛モノ習作(1)
「姐さん! 姐さん! 起きて下さい!」
何者かに肩をゆすられて、カーネリアは目を覚ました。
それは直属の部下である平従者・トンナラスニであった。横じま模様の薄汚れたシャツを着た泥棒ヒゲの男で、太い左右の眉毛が見事に繋がっている。
「瞑想中だってば……」
カーネリアは
「街に魔物が出たんですよ! すぐそこだって!」
トンナラスニは慌てていた。必死に訴えている。
「何ですって!?」
カーネリアもそれを聞き、にわかに立ち上がって真っ赤なローブをバンバンとはたいた。
「なんかゴブリンらしいですぜ!」
「ゴブリン! それはいけないわ。行きましょう!」
ゴブリンは大して強くない魔物とはいえ、街の人達に危害が及んだら大事である。
仕事で街の見回りを受け持っている自分たちが対応しなければならない。
「こっちです!」
トンナラスニは走ってカーネリアを案内した。
トンナラスニは出っ張った腹をたぷたぷと揺らし、カーネリアは真紅のボブカットの髪を揺らしながら現場へと急行した。
「シコシコ! 僕悪いゴブリンじゃないよお! シコシコ!」
遠くから何やら奇声が聞こえてきた。それに混じって多くの人間のざわめきも耳に入ってくる。
トンナラスニが案内したのは中央通りの噴水広場だった。大勢の人々が何やら噴水の前に集まっている。
二人は人だかりをかき分けて、噴水のすぐ前に顔を出した。
「シコシコ! 僕悪いゴブリンじゃないよお! いいゴブリンなんだよおおおっ!」
そこにいたのは一匹の小柄なゴブリンだった。
灰色の肌に鋭くと尖った耳と鼻を持つ、よく見るゴブリンであったが、若干歳を取っているように見えた。
ゴブリンはニタニタ笑いながら、腰をくねくねさせて変な踊りを踊っていた。
すると、その様子を見ていた人々が、大いに笑いながら拍手喝采し、小銭をゴブリンに放り投げているのだ。
ゴブリンは平身低頭して、かき集めた小銭を手に持っている帽子に放り込んでいる。
様子を見るに、どうも悪いゴブリンではないらしい。
トンナラスニも息を切らしながら、狐につままれたような表情でゴブリンを眺めていた。
「別にほっとけばよさそうじゃない?」
カーネリアはトンナラスニに視線を流した。
「あ~、そうですね……」
トンナラスニは手に持っていた棍棒をだらんと下に降ろした。
見ていると、ゴブリンは変な歌を歌ったり、全くもって面白くないギャグをかましたりして、見物客を惹きつけていた。
芸の内容より、ゴブリンが街中でしゃべって芸をしていることそのものが珍しがられている図式であった。
カーネリアはしばらくゴブリンの謎の芸を見続けていた。しかし。
「うるせーぞこの野郎!」
「オラオラオラオラ!」
「誰に断わって俺らのシマで店しとんじゃボケェ!」
突然、野次馬をかき分けてガラのえらく悪い男が三人ばかり乱入してきて、ゴブリンに殴る蹴るの暴行を開始したのだ。
「僕悪いゴブリンじゃないよおお! 僕ゴブリンじゃないよおお!」
ゴブリンはリンチを受けながら頭を抱えて、顔を皺でくしゃくしゃにして泣きわめく。不安でざわつく周囲。
「何しとんねんワリャア!」
トンナラスニが突然激高し、棍棒を振り上げて男たちに躍りかかった。
「何だこの野郎!」
「この野郎コラ! んの野郎あ!」
「ああ゛!? ゴルァ!」
「コラコラコラコラ!」
「何がゴブリンじゃワレ!」
「ゴブリンの何がコラじゃワレ野郎ぁ!」
「んのありゃあ! このバッキャボワアッ!」
互いに罵りながらすぐに乱闘になった。カーネリアが呆気にとられて傍観していたら、たちまちボコボコになったトンナラスニが路上にダウンした。
「シコシコ! シコシコ! 僕ゴブリン!」
そんな中うるさいゴブリン。
「姐さん俺はもう駄目です……。後は頼みやす……」
トンナラスニは苦しそうに言葉を絞り出した。
「え、えええええ~っ!?」
カーネリアはビックリしたわけだが、チンピラ達は待ったなし。
「ざけんなコラ!」
「うらああ、くらあああ!」
三人がカーネリア目がけて駆け寄ってくる。冗談ではない。
カーネリアは両手に魔力を集中させた。彼女の
「ハッ!」
カーネリアが構えた両手からオレンジ色の燃え盛る火炎が飛び出し、チンピラを包んで燃やす。
「ぎゃああああああ!」
チンピラ達は絶叫して地面をのたうち回った。野次馬たちもその様子を見て悲鳴を上げた。多くの者は人が燃え上っている光景に気圧されてこの場を去っていった。
そしてトンナラスニが突如声を張り上げる。
「で、で、で、出たあああああああああああ~っ! カーネリアの姐貴の必殺! 『エコロジカルファイア』ああああっ! ここで説明せねばなるまい! エコロジカルファイアは姐さん専用のオリジナル魔法である! 対象となる敵の強さに応じて、火炎の威力を自動調節し、消費魔力を節約することができるのだ! 無論っ! 今回の場合、姐さんはチンピラをちょうど戦闘不能にできるレベルで調節基準を設定してあるから、相手を殺めるようなことにはならないのだ! 終わり」
終わりなのはあくまでトンナラスニの解説。この話自体はまだ続きがある。
命は奪わぬが、服は奪う。敵の衣服は燃えて真黒な炭になり、全裸になってしまっていた。これぞ戦闘不能。いや、戦おうと思えばこの状態でも戦えるだろうが、大衆の目があるここではやりにくいのは間違いないだろう。
「こんなのやだよおおおお!」
三人は一目散に逃亡していった。全裸で。
「大丈夫?」
ゴブリンは完全に蚊帳の外で、カーネリアはトンナラスニを起き上がらせた。
「大丈夫です」
「そう?」
二人はウィーナの屋敷へと戻ろうとした。すると。
「あ……」
トンナラスニが何か言いたそうにカーネリアに視線を流した。
「なあに?」
「いや、なんかゴブリンがめっちゃ仲間になりたそうな目でこちらを見てるんスけど……」
カーネリアがゴブリンを確認すると、確かに、ゴブリンは仲間になりたそうな目でこちらを見ていたのだ。かなり仲間になりたそうな目であった。
「気のせいでしょ……」
「ですかねえ……」
二人は広場を後にし、屋敷への帰路についた。しかしゴブリンは後をついてくる。
「シコシコ! シコシコ!」
カーネリアは横を歩くトンナラスニを肘で小突いた。
「はい?」
「ちょっとペースアップ」
カーネリアがトンナラスニの耳元で小声で言うと、二人は歩調を速める。
「シコシコ! 僕悪いゴブリンじゃないんですけどおおおおっ!?」
ゴブリンも歩く速さを速める。
「やっぱり、明らかにアタシらについてきてるよね?」
「明らかに俺達をつけてきてますね」
しばらく間を置いて「仲間にしちゃいます?」とトンナラスニ。
カーネリアは眉をひそめた。
「だってあんなシコシコしてるの仲間にするわけ?」
「でも悪いゴブリンじゃないから……」
「ピコピコ! 僕悪いゴブリンじゃないって言ってるでしょう!? ピコピコ!」
ゴブリンが声を張り上げた。
「うわ、変わった……」
トンナラスニも繋がり眉毛をひそめた。
「聞こえてるじゃない」
「ゴブリンって案外耳いいんですね」
「ピクピク! 僕ゴブリンじゃな……僕悪いゴブリンじゃないですよお! ピクピク!」
再びゴブリンが声を張り上げる。明らかにこっちを見ているのだ。
「うあ、またアレンジ入った……」
「ピクピクしてるのだって嫌よ。ピコピコはちょっと可愛いような気がするけど」
「ピコピコ! 僕悪いゴブリンじゃないわよ! カーネリアァァァッ!!!」
「戻りましたね」
「うん(ハァ!? 何でアタシの名前知ってんの!?)」
そうこうしている間に屋敷へと辿り着いた。
「うわ、着いちゃったわよ」
カーネリアが言う。
「姐さん、どうしましょ?」
「う~ん……」
彼女は首を傾げて考えた。
屋敷までついてきてしまった以上、仲間にすることになるのだろうか。
しかし、ウィーナに引き合わせて許可を得る必要があるだろう。これがゴブリンではなく捨て猫だったら屋敷で飼ってもいいような気がするが。
いや、ならばいっそのことゴブリンも飼えばどうだろうか。番犬代わりにはなるだろう。
世話はマネジメントライデンの執事かメイドにやってもらえばいい。いや、このゴブリンは広場で芸をして自分で金を稼げるではないか。
だったら、別に迷惑はかからなさそうだ。
カーネリアが、とりあえず上司のシュロンにこのゴブリンのことを報告しようと思ったそのときであった。
「ゴブリン!」
屋敷の門に腕を組んで寄りかかっていた男が怒りの様相でこちらへやってきたのだ。
「あ、ディクフォール殿……」
トンナラスニがしまったという風に声を漏らした。
中核従者・ディクフォール。
黒髪で、前髪の一部分が赤く染まっており、その頭部からは二本の角が生えている。
マントの付いた旅装姿で、腰に長剣の鞘を提げており、右腕のみに防具を装着している。
エメラルドグリーンの瞳からは真っ赤な殺気をギラギラと放っていた。
「ディクフォール、このゴブリン……」
カーネリアが言い終わらぬ内に、ディクフォールはさっと長剣を抜き、ゴブリン目がけて疾駆した。
まるで一条の風が吹き抜けたように、ディクフォールはカーネリアとトンナラスニの間を通り過ぎた。カーネリアのボブカットが一瞬遅れてなびく。
二人が慌てて後ろを振り向くと、すでにディクフォールの振るった白銀に輝く長剣が、ゴブリンの肩口をばっさりと斬りつけていた。
「ぎゃあああああ!」
ゴブリンの絶叫が屋敷周りに木霊する。ゴブリンの鮮血が地面を濡らした。
「ああっ……」
カーネリアは目をひん剥いて口を押えた。
「ディクフォール殿!」
トンナラスニが脂肪で突き出た腹をたぷたぷと揺らし、ディクフォールとゴブリンの元へ駆け寄る。
そう思った矢先に、ディクフォールの刃の先端が既にトンナラスニの喉元に突き付けられていた。
一体、この一瞬の間で、いつ剣を突き付けたのだろうか。ずっと見ていたがいまいちよく分からない。というか、そもそもいつトンナラスニの目の前に移動したのか。
彼はゴブリンの目の前にいたはずなのに。
「ひいいい……」
トンナラスニは手の棍棒を滑り落とし地面へとへたり込んだ。
ディクフォールは、剣を突き付けたまま、しばらく歯を食いしばってトンナラスニを見下ろしていた。
「ちょっとディクフォール! やめてよ!」
慌ててカーネリアが抗議するが、ディクフォールは完全に無視していた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
顔を情けなく歪めて、手を合わせて謝罪するトンナラスニ。それを見たディクフォールは大きく舌打ちをし、剣を退けた。
「何も殺すことはないじゃないのよ! いくら魔物だからって」
カーネリアはディクフォールを責めるように睨み、彼の脇を通り過ぎ、ゴブリンに駆け寄ろうとした。
それをディクフォールは防具を装着していない方の腕を伸ばして遮る。
「な、何よ?」
「殺しただと?」
ディクフォールがカーネリアを一瞥し吐き捨てるように言った。すると、何ということであろうか。血を流して倒れているゴブリンがゆらりと立ち上がったのである。
「え、生きてる?」
カーネリアは呆気にとられた。普通この傷でゴブリンが立ち上がるなど考えられない。
「ええええ~っ!? 斬ったのに! 何で? ええ? 何でですか?」
トンナラスニもびっくり仰天である。
「シコシコ……。僕……悪い……ゴブリンじゃ……ない……よお……ねえ……ねえ……」
ゴブリンはゆらゆらとこちらへと近づいてくる。不気味だ。
「だありゃああああ!」
ディクフォールはまたも一瞬にしてゴブリンに肉薄。すれ違いざまにゴブリンの腹部を横一線に斬り裂いた。
その様子をカーネリアは固唾を飲んで見守ることしかできない。
「ねえ……ねえ……僕……悪い……ゴブリン……じゃ……」
分離した上半身が両手で地面を這い進み、下半身は独立して二足歩行。別々に動き始めた。
「うわああああああ! だ、誰かああああ!」
トンナラスニは顔を真っ青にして門をくぐり、屋敷へと逃げていった。
「僕回復できるよおおおお!」
突然ゴブリンが絶叫した。彼は激しい光を放った。すると、分離した上半身と下半身が一瞬にしてまた接続して、肩口の傷も回復していた。
「僕できたよ! ちゃんとシコシコできたよ姐さああん!」
ゴブリンがカーネリアの方を見て言った。
「わ、私?」
いつの間にかゴブリンにまで姐さん呼ばわりされてしまった。それにしても不気味なゴブリンである。
「ぬううう……」
ディクフォールが目を鋭くし、歯を食いしばってゴブリンを見据える。
「だああああーっ!」
ディクフォールは再び剣を振りかざし、縦横無尽にゴブリンを滅多切りにした。
一切の情け容赦なく。むごいくらいに徹底的にだ。
「僕シコシコできるよおおお!」
また回復するゴブリン。そして、ゴブリンはディクフォールをやり過ごし、カーネリアの方へ向かおうとした。
先程まではゴブリンに対して多少なりとも同情心が湧いていたが、彼の規格外の生命力と回復力に恐怖を感じていた。
カーネリアの腕に鳥肌が立つ。
しかし、次の瞬間にはゴブリンが脳天から股間にかけて真っ二つになった。左右に分割されパカッと別れたゴブリンの肉体。その奥には剣を振り下ろしたディクフォール。
「僕……悪くないよ……悪くないよお……」
またしてもゴブリンは再生。光を放って分割された肉体がまた接合する。
「何なのこいつ! 本当にゴブリンなの? ゾンビじゃない?」
戦ってもいないカーネリアだったが、この光景を見るだけで辟易してしまった。
「くっ……」
悔しそうに顔を歪めるディクフォール。
「僕、悪いゴブリンじゃ、ないんだよ?」
ゴブリンは悲しげな表情をして、その吊り上がった目から涙を流し、おずおずとディクフォールに手を差し伸べた。
「あああああああっ!」
ディクフォールは構わすゴブリンをバッサリ。その一撃一撃、全てが急所を捉えていそうだが、ゴブリンは死なない。斬っているのに死なない。
不意に、屋敷の方が騒がしくなった。
すると、門から戦闘員がぞくぞくと集まってきて、ディクフォールとゴブリンの様子を見物し始めたのだ。
トンナラスニの話を聞いて駆けつけてきたのだろう。
大量に訪れたギャラリーなどまるで眼中にないといった様子で、構わずディクフォールは剣をゴブリンに叩き込む。
それでも不死身のゴブリンは倒れない。
「僕……仲間……みんな……仲間……」
涙を流し、相も変わらずディクフォールに詰め寄る。
「はあああああっ!」
ディクフォールの剣が一層と唸る。一回剣を振るったようにしか見えなかったが、ゴブリンの両肩と両膝に裂傷が生まれる。
魔術士のカーネリアにも話に聞いたことがある。冥界流秘剣・
一瞬で相手の四肢を使い物にならなくさせる残虐な必殺剣である。達人でなければできない技だ。
そしてディクフォールはゴブリンの喉に剣を突き通す。
これで腕も脚も使えない。そして喉に剣が通り声も出せない。息もできない。しかしゴブリンは死なない。
「うううう……」
ゴブリンは涙を流し続けていた。こんなになっていてもだ。
「ゴ、ブ、リ、ン!」
そのときであった。トンナラスニの声である。
「ゴ、ブ、リ、ン! ゴ、ブ、リ、ン!」
「ゴ、ブ、リ、ン!」
「ゴ、ブ、リ、ン!」
トンナラスニが音頭を取ったら、次第にその声は周囲のギャラリーに波紋を広げ。
「ゴ、ブ、リ、ン!」
「ゴ、ブ、リ、ン!」
「ゴ、ブ、リ、ン! ゴ、ブ、リ、ン! ゴ、ブ、リ、ン!」
歓声は盛大なものとなった。戦闘員たちがゴブリンを応援し始めたのだ。
「負けるなゴブリン! 再生しろ!」
「ディクフォールの野郎なんかやっちまえ!」
思わぬ展開となった。ディクフォールは俄かに敵地に乗り込んだような状況に晒された。
「ゴ、ブ、リ、ン! ゴ、ブ、リ、ン!」
何と、ギャラリーの中に主君のウィーナまでちゃっかりと混じっていた。他人事全開で、無責任にゴブリンを応援している。
「くっ……」
ディクフォールは周囲を見回し、再び怒りで顔を歪めた。そして、傍で戦いの様子を見守っていたカーネリアに顔を向けた。
「焼け」
抑え気味だが、よく通る声ではっきりと語りかけてきた。焼け、と。
「ええっ!?」
「焼け!」
ディクフォールはゴブリンの喉に剣を突き刺したままカーネリアの方にそれを向けた。
「ウィーナ様……」
カーネリアは野次馬の中にいるウィーナに目線を向け、助けを求めた。
「休憩終わり。皆の者ご苦労」
丁度そのとき、ウィーナはそう言ってそそくさと屋敷に中へ戻っていった。
「そんなぁ」
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