第12話
ぴい、ぴゅう・・・ぴい、ぴゅう。
気がつくと、またあの笛とも風ともつかぬ奇妙な音が聞こえてきた。予想すらしていなかったこの谷底の状況に混乱し、アイはそのまま、その場にへたり込みたいような気分になった。なんてことだ!
なにかの悪い夢か?いや、違っていた。いくら見返しても、いくら待ってみても、そこは混沌とした谷底。無数の奇妙な造形物に取り囲まれた、太陽系辺縁の衛星カロンの谷底である。少し時間が経って、沸騰したアイの脳髄にわずかばかりの思考の余裕が戻ってきた。ここはいったん調査を中止し、この谷底から
自分が現在、思念をこの金属の塊に全転移させている以上、アイはどこまでも心おきなくカロンの表面を踏査し続けることができる。彼女の身体は、いま一切の保護や補給を必要とせぬ無機物なのだから。だが、それは得策ではないような気がした。この谷には、何かが在る。そのことは既に聞いていた。だがここには、自分の想像を越えた、いや、地球の中央制御室で待つ面々全ての思惑を越えた、おそらく、見てはならない何かが在る!
アイが、背筋の痺れるような戦慄におののきつつそう考えた瞬間、声が聞こえた。
「何をしに来た? 」
弾かれたように、アイの思念と同期した
「我らの平穏を乱すために来たのか?」
声は続けて言った。アイにはわかった。その声は、この虚空に響いているのではない。自分の思念に、直接働きかけて来ているのだ。だが、どうもその声の主は、この谷のどこか暗がりの片隅にうずくまっているような気がした。
「そのとおりだ。私は、君のすぐ近くにいる。」
声は、アイの心の中を読み、聞きもせぬうちからそう答えてきた。
「私は、闇の中にたたずみ、いますぐ近くで君を見ている。君が、その出来損ないの胴体でまごつきながらこの聖なる土地をうろうろしているさまを見ている・・・私が誰なのか、知りたかろう?よろしい、教えよう。私は、この冥府の谷の番人だ。この先にある冥府の門の、いわば門衛のようなものだ。」
「門衛?では、その門の中にはなにが在るの?」
アイはここでやっと、声を発した。彼女の思念の中で問うたのである。
「それを、確かめに来たのであろう?」
門衛は、あざ笑うかのようにそう言った。
「君の棲む惑星の、居心地のよい温暖な陸地から。その限定された脳髄を使ってそのような玩具を作り、自らはいっぱしの傀儡師となった積もりで、身の程知らずにもこの谷の平穏を乱しに来た。それが君たち自身に何を
「あなたの話がわからない。私はただ命じられてここに来ているだけ。あなたが居るとは聞いていなかった。本当に、ぜんぜん知らなかった。」
アイは必死に弁明した。門衛の語調へ、嘲りと一緒にどこか灼けつくような怒りを感じたからである。
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