第2話

アイは、モレノの後ろにくっついて基地機密エリアのゲートを潜った。物理的には日本国領土内にありながら、ここはアメリカという名の異国だ。外交特権に守られた大使館同様、ここでは相互の地位協定という軍事同盟の附則によって、事実上の治外法権が認められている。モレノはアメリカ宇宙軍の大佐カーネルという肩書きを持っているから、ここに堂々と出入りすることができる。問題は日本の一般市民に過ぎぬアイだが、ここはモレノの顔パスだ。特にしゃちほこばった手続きもなく、ゲートを守る衛兵はアイにニッコリと笑いかけ、すんなりと彼らを通した。


アイとモレノは、そのままずいずいと長い通路を進み、基地の奥深くに入っていく。基地の正門に着いた時にはまだ夕暮れの陽光があたりを照らしていたが、広い敷地内を移動するうちすっかり暮れなずんでしまったようだ。しかもそのうち通路から窓そのものがなくなり、軍事基地特有の、ただ寒々とした灯火だけが二人の歩みを照らし出した。


数多くの民間研究員の出入りする機密エリアに武装して入ることは厳禁事項だったので、すでに金属検知ゲートを潜る前に、モレノはお気に入りのグロックを憲兵MPに預けている。だがアイは、いわば自らの親代わりでもあるモレノが、その真黒なゴム製の靴の脇に、検知器に引っかからない超硬化セラミック製の新型コンバット・ナイフを忍ばせていることを知っていた。




やがて彼らは目的の部屋に辿り着き、IDをかざして中に入った。部屋は広いオペレーション・ルームとなっており、正面には長さ10メートルはあろうかという大スクリーンが据えられ、その周囲にさらに幾つかの中小のサブスクリーンがにょきにょきと突き出し、あるいは天井からブラ下がって、チカチカとした光を放ちながら、さまざまな数字やグラフを映し出していた。


部屋の灯は暗く落とされており、おそらく中には十数名の男女が居た。大佐のお出ましだというのに、起立して威儀を正した者はごくわずか。多くは普通のTシャツやポロシャツ、あるいは冴えないワンピース姿の民間研究員で、彼らはモレノを見ても、口々に「ハイ、カール。」と呼びかけるだけだった。


カール・モレノ大佐は、中にいる皆に、アイを紹介した。

「こちらが、前から話していたアイ・サクラガワだ。年齢は23歳、日本の民間人シビリアンだ。この基地のすぐ近くで生まれたが、今では私の娘同様だ。ちょっと可愛いからといってちょっかい出す奴は、たとえNASAから出向した民間研究員であろうと、基地副指令としての保安権限に則り、この私の手で射殺する。」


笑い声が起こり、皆が口々にアイを歓迎した。

「やあ、アイ。エイ・・じゃなくてアイなんだね。」

「こんにちは、よろしくね。」

「ようこそ、このクソ地獄の門へ!」


アイは微笑んで、軽く頭を下げた。どうやらここに居る人たちは、みんないい人そうだ。

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