第2話
通常、こうした任務は最低でも二人1組で行われる。離島に泊まりがけという内容から当然のことだ。しかし昨今の厳しい就労状況や予算の削減、さらに隣接する第十一管区が抱える巨大な隣国との領土問題 (例の尖閣諸島のことだ)への後方支援対応に人手を割かれ、誠に遺憾ながら前記の原則についても、このところはしばしば、例外を黙認しないといけないことも多い。
今回の春川の任務も、まさにそれだった。内容は、ごくありきたりな光波標識施設の保守管理業務。ある程度の不具合が予想されることから、国内に幾つかしかない専門メーカーに競争入札させるための仕様書作りが、言って仕舞えば今回の彼の仕事の全てである。本来は報告書作成までが任務の範囲なのだが、管区司令部の事務要員の不足は目を覆うばかりだ。経験豊かな「電燈屋」として、報告書と同時に仕様書の原型をまとめることくらいは、俸給相当の付帯任務として、まあ妥当なところだ。
春川は口笛を吹きながらひび割れた一車線の舗装道路を島の南端まで歩き、無人の灯台の鍵を開け、要領よく施設の現状を点検してから、夕暮れまでには大体の問題点を把握した。
この灯台の投光器に採用されている旧式のフレネルレンズは、直径が1メートルを越える。その、何枚もの屈折レンズと反射レンズを組み合わせた化物の鎧のような重量物をスムースに回転させるため、下部は水銀を充填した巨大な槽構造となっており、レンズはいわば、その水銀の上に半分浮いた状態のまま、省電力電動機の作用でぐるぐると廻る。
まず、レンズの磨き上げ方がなっていなかった。灯塔の四周に頑丈な強化ガラスの
まったく、前回の定時点検を担当した奴ら、いったい何をやってたんだ。これじゃ、この灯台がまだなんとか動いてるだけでも幸運だよ!
春川は少し怒りながら、この
報告書の記載作業を明日に廻そうと決めた春川は、灯台に併設された旧官舎の古びた壁を見上げた。以前、ここがまだ有人の灯台だった頃に灯台守として赴任していた夫婦の住居で、もちろん今はもう誰も住んでいない。だが内部に置かれた大型の金庫の中に糧食や燃料、電池やその他必需品は常備されており、こうした任務の際に夜を明かすには、もちろんなんの不具合もない。
離島ゆえ、まともに通じるのは短波ラジオのみ。通信の進歩から取り残された老人ばかりのこの島には基地局が設置されておらず、海底ケーブルも敷設されていないため、インターネットや携帯電話は、まあ利用できないものと覚悟しておいた方が良い。しかしそれでも、基本的に孤独を愛する体質の春川にとっては大して苦ではない。このくらいの寂しさに耐えきれない者に、そもそもこの仕事は務まらないのだ。
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