灯台守
早川隆
第1話
海上保安庁 (JCG)第十二管区
彼はあちこち浪に洗われ不規則に
「じゃ、皆さんどうぞ気をつけて行ってらっしゃいまし!」
と、陽気に手を振った。
それを聞くと仲間たちはひとしきり春川を罵り、冷やかし、そして誰かが、
「じゃ、ごゆっくり!もう寄らねえからな!」
と言い捨て、そのまま巡視艇は出発してしまった。
太陽はさんさんと照り、波はその光を跳ね返して白く輝いていた。その
春川は、ひとりぼっちになった。古びた桟橋には、他にもちろん誰もいない。ただゆらゆらと打ち寄せる波と、強めの紫外線を伴う陽光と、そして微かに吹きわたってくる生温い微風が頬を撫ぜるばかり。
それもそのはず、この轟島は人口わずか27名の離島で、本土の最寄りの港から優に数十キロメートルは離れている。民間で運行される便船は、公式には二日に一度はやってくるはずだが、潮流の具合や船主の機嫌次第で、実際は週に二度も来れば上出来なほうである。
その昔は、豊富な海産物を当て込んだ漁船が集まり、最盛期には200名を越える人口を誇っていたこともあった。しかし周辺隣国との緊張が高まり、相手国の漁民たちが不法な違法操業を繰り返したことで水産資源が枯渇し、若者はどんどんと島を離れて今でも残るのはわずかな数の老人ばかり。それも年々、自然に数を減らし、島はそれ自体が一つの限界集落のようになってしまっている。この離島での人の営みが、やがてゆるやかに時の流れに呑まれてしまうのは確実なことだった。
しかしそれでもこの島には、本土でもよく知られた、ふたつの特徴的な施設があった。
まず一つは、島の中央部の高台に黒い煙突をにょっきりと突き出した轟島斎場である。人口27人の孤島には、もちろんこの施設を成り立たせるほどの葬送の需要がある訳ではない。だが、火葬場の不足と新規建設の困難という課題を抱える本土から、年間を通して一定数の遺体がこちらに廻され、例の不定期な便船は、常に島民たちの日々の生活必需品と、複数の棺とを同時に運んで来た。
そしてもう一つの特徴的な施設が、春川の目的地だ。この島の南端の岬に据えられた轟島灯台で、現在この国に存在する他のすべての灯台と同じく、常に無人のまま稼働している。
ところが、完璧な制御装置と無停電電源装置とで動作を保証されたこの高性能光波標識からの光が、いくらか弱まったという沖合の通過船舶からの報告があり、また記録され送信されてくるデータに不整合が見られるようになったため、現状把握と問題点の報告のため、 第十二管区でも有数の「電燈屋」である春川に白羽の矢が立ったという訳だった。
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