夏の終わりを、私に教えて。

ひなた華月

Prologue 2015年 7月21日 

最後の記憶

慎太郎しんたろうくんは、夏が嫌いになったことはないかい?」


 唐突に、彼女が俺にそう尋ねてきた。


 綺麗に伸びた清涼感のある黒色の髪。

 日差しを浴びた形跡が、どこにもないような白い肌。


 そして、制服の袖からは女性らしい細い腕が伸びていて、その爪先はネイルなどをしておらず自然な光を反射させていた。


 見た目だけなら、気弱な女子生徒を連想しそうな容姿だったが、一年間も彼女と一緒にいた俺には、そんな印象はとっくの昔に消え去ってしまっていた。


 そして、静寂な図書室で、彼女はそのまま俺の隣の席に座りながら、微笑を浮かべて話を続ける。


 学校の終業式が終わり、明日から俺たちの学校も夏休みを迎える。


 外では炎天下だというのに運動部の掛け声が聞こえ、青春の汗を流しているところだった。


 一方、俺たちはクーラーの効いた図書室で、雑談に興じていた。


 しかし、その内容は雑談と言うにはあまりにも理解が追い付かず、いきなり彼女の口から発せられた疑問に俺は首を傾げるばかりであった。


 だが、そんなことは全く関係ないと主張するように、彼女は話を続けた。


「私はね、ずっと夏が嫌いなんだよ」


 さも当たり前のように、自然な口調でそう告げる彼女。


 そんな彼女に対して適切な相槌を打てるはずもなく、俺はただ黙って彼女の話の続きを待つしかない。


 そんな俺の態度を考慮してくれたのか、彼女は淡々と話を進める。


「だから、もし私が願いを一つだけ叶えるのだとしたら、二度と夏が来ないようにしてほしいって神様に頼むつもりでね。なかなかいいアイディアだと思うんだけど、慎太郎くんが夏が好きな場合、もしこのお願いが成就されてしまうようなことになったら、私は悪い事をしちゃうことになるからね。先に謝っておこうと思ったんだ」


 やはり、彼女の言っていることは、俺には理解できなかった。


「ただ、そうだね……」


 そして、視線を向ける俺に向かって、彼女は微笑を浮かべながら、こう告げたのだ。



「それとも、私が消えてしまえばいいのか……」



 それは、酷く悲しく、そして何かを諦めているような、そんな声色。


 この時の俺は、彼女が結局何を言いたかったのか理解するのを諦めていた。


 きっとまた、この人の抽象的な自己表現なのだと、気にも留めていなかった。


 だが、それが俺、白石慎太郎が聞いた黒崎紗季の最後の言葉となり、あの日以来、俺は紗季先輩とは会っていない。


 そして俺は、今なら彼女の言葉に素直に肯くことができるだろう。

 

 今の俺は、どうしようもなく夏が嫌いだ。


 

 ――彼女は本当に、あの夏の日と共に俺の前から消えてしまった。

 

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