第6話 独裁者の復活
『テオドーラ閣下、ヒューム議会、アストリア議会、及びストン星系協議会の多数派工作は完了しています』
「ご苦労ドタン。私の方も万事順調よ。すでにこのストン星系は我が手中にあると言って良いわ」
『それは祝着にございます』
ドタンからの通信にテオは満足げに答える。
以前とは打って変わって丁寧な態度で接するドタンだが、無能ではない。
むしろかつての高圧さが成りを潜めて、優秀な面が際立つようになっている。
あの会食の日から数か月。
テオはドタンの協力によってその拠点をストン星系の主星ヒュームに移し、勢力的に活動している。
さらに得た数々の利権により莫大な利益を上げ、そしてその利益を利用して多くの政治家や財界人といった表の権力者や、マフィアなどの裏の権力者を味方にしていった。
そういった権力者のコネクションを活用して偽の身分を手に入れ、テオは政界に打って出た。
肩書はそう、“今大人気の美少女MYUTUBER”だ。
芸能人や知識人の類がその知名度を活かして選挙にでるなど、太古より
テオはある種の人間達の熱狂的な支持によって当選を果たした。
最初は「子どもに何ができる」と懐疑的な市民も多かったものの、そこは天才のテオ。
生来の才知で次々と政治的な諸問題を解決し、その愛らしい容姿と相まってたちまち人気者となった。
そして今。
ヒューン星代表の座へと目前まで迫り、さらにはストン星系全体の権力を掌握戦としていた。
なにせテオにとっては一度行ったことだ。かつての問題点を洗い出しブラッシュアップした今、以前にも増してスピード感ある権力掌握を可能にしている。
「ドタン、私が力を得れば貴様も思うがままだぞ」
『は、大変光栄なお言葉。されど別の褒美も賜りたく……』
「わかっている。……ドタンお兄ちゃん、今日もありがとう! テオの為にがんばってね!」
『うんお兄ちゃん頑張るからね! YESロリータNOタッチ! それでは閣下、失礼いたします!』
「……」
通信が切れた後、テオは一人画面の前で痛むこめかみを抑えた。
☆☆☆☆☆
「――! エルダー、気がついているかしら?」
「ああ、このまま前を向いて歩き続けろ。次の路地を左に曲がったら走れ」
ヒューム市街を歩いていたテオとエルダーは、背後から何者かの気配を感じた。それも複数だ。
――この動き、同盟軍か!
テオは直感的にそう悟った。
かつて大銀河スズキ帝国に対抗していた組織――反スズキ帝国銀河同盟は、今は形を変えて銀河の秩序を維持する星系間同盟へとなっている。
辺境のストン星系はそれに加盟していないが、選挙に出馬するなどして目立っている今のテオを狙いに来るのは自明の理だ。
いよいよテオがかつてのテオドーラ・スズキと同一人物であると確信を持ったのだろう。
二人は追手に気づかないふりをして歩き、曲がり角にさしかかる。
「走れ!」
左に折れた瞬間全力疾走。
辺境の地で鍛えてきた男のエルダーは元より、小柄なテオも足は速い。
追手も慌てて追いかけるが、路地を巧みに移動し人混みを利用する二人との距離は離れていく。
地の利と頭の回りの差だ。
「はあはあ……、撒いたか?」
「そのようね……。ごめんなさい、私のせいで」
追手をまいて路地裏、いよいよ近づきつつある同盟軍の魔の手にかつて部下や国を失ったことを思い出し、テオは思わず謝罪の言葉を口にした。
「……気にするな。それに今更だ」
エルダーはタバコに火をつけると、空を見ながら紫煙をくゆらせそう返す。
「それに――」
「「レディが困っているなら助けるのは当たり前」」
「――でしょ? うふふ、あなたは変わらないわね」
過去は何も語らない。出身惑星すらわからない。謎の人脈がある。
けれど自分を助けてくれるのだけははっきりしている。
この不思議な男に、テオはいつの間にか実の父母以上の信頼感を抱いていた。
「俺の隠れ家の一つのカギだ。今日はここで寝ろ。それと部下を借りるぞ」
「嫌よ、私も戦うわ。そもそも私の追手よ!」
「気にするな。お前は直にこの星系を率いる身だ。掃除くらい俺がしとくさ。たまには頼ることを覚えろ」
「……わかったわ。大人として頼りにさせてもらう」
「男として頼りにしてもらいたいな」
「はいはい、冗談ばっかり。じゃあ気をつけてね!」
「誰に言ってる」
ゴロツキが流れ着くアストリアで鍛えただけあって、エルダーはタフな男だ。
テオは安心して隠れ家へと向かった。
☆☆☆☆☆
「へぇー、ここがエルダーの隠れ家ねえ……」
やって来たのは低所得者向けの集合住宅の一室だ。
部屋の中はいたってシンプルだが、食料が備蓄してあり、床下には武器や通信機が隠してある。
エルダーはテオにも内緒でこうした隠れ家をいくつも準備しているらしい。
かつてバラックと会った山小屋もその一つだ。
「特に面白そうなものはないか……ん? あれは……?」
テオの目に留まったのは、玄関の郵便受けに入っていた何の変哲もない茶封筒だ。
気になって中を開けると、中から少し古いが記憶媒体が出てきた。
「これは……、記憶媒体? ちょ、ちょっとだけ見せてもらいましょうか……!」
悪いと思いながらも好奇心が勝り、テオは自分の個人端末に記憶媒体を読み込む。
中にあったのはテキストファイルと画像データだった。タイトルには見慣れぬ言葉。
「プロジェクトH・G……、何かの略称かしら……? ――こ、これは!?」
☆☆☆☆☆
「聞け、惑星ヒュームの同志諸君、そしてストン星系の同胞たちよ!」
結果としてテオは選挙に圧勝し、惑星ヒュームの代表に就任した。
そしてその初仕事として、就任挨拶という形で弁舌を振るっている。
弱冠八歳、もう少しで九歳の幼女が惑星代表として民衆に語る姿は、端から見るとひどく滑稽なものだが、集まった惑星ヒュームの住人たちはみな熱に浮かされたように熱狂している。
感極まって泣いている者さえいる。
それほどまでにこのわずかな期間でテオが議員として残した実績はすさまじいのだ。
「
もちろんテオの目的は自分の帝国の再興であり、この宇宙の統一だ。
ストン星系のことなど考えてはいないが、テオが宇宙を統一すれば結果的に利益を得るだろう。
その点においてテオは誠実な指導者だ。
「そして私は今ここに――なんだ!?」
突然の爆発、響き渡る悲鳴。
遠くを見れば会場の外に十数機のロボット兵器が展開している。
同盟軍の〈ドラゴンフライ〉だ。
「みなさん、ご安心ください。私自ら迎撃に出ます。〈カエサリオン〉起動!」
かつての皇帝専用機〈カエサル〉は〈カエサリオン〉として復活した。
〈カエサルコア〉の新たなる外装として建造されたその超大型機動兵器は、当然ながら以前にも増してパワーアップしている。
――同盟軍がご祝儀を送ってくれたわ!
正直ここで襲撃をかけてくれるなんて、想像以上に同盟軍は愚かだとテオは思う。
その同盟軍に負けた自分を恥じるが、同じ轍を踏みはしない。
「〈カエサリオン〉全砲門発射!」
ビームの砲火にさらされて、同盟軍の部隊は一瞬にして灰燼に帰した。
それほどまでに〈カエサリオン〉の火力は圧倒的だ。
「みなさん、脅威は排除されました! ですが見ましたか? これが同盟軍のやり口なのです。我らストン星系が発展するのをよく思っていない者達なのです!」
事実はテオを狙っての攻撃だが、宇宙の辺境として同盟の益を受けずに生きてきたストン星系の民たちにはそう映る。
わずか一年にして同盟が既得権益側として恨みを買っていたのは、テオにとって嬉しい誤算だ。
まあ宣伝工作の成果でもあるのだが。
「私は同盟軍の卑劣なやり口を許しません! そこでかつて悪しき同盟軍に立ち向かったスズキ帝国の名を借りて、大銀河ネオスズキ帝国の名を名乗ることを提案いたします!」
テオの提案を住民たちは熱狂をもって応える。
かくして、テオはテオドーラ・スズキとして再びスズキ帝国の指導者の座についた。
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