第2話 荒野のバディ
「エルダー、あんた大銀河スズキ帝国を知っているかしら?」
「おいおい、いくらここが宇宙の辺境アストリアだからってバカにするんじゃねえぞ。シアトリア星系を中心に大暴れしたっていう国くらい知ってるぜ」
戦いに敗れたテオドーラ改めテオが流れ着いた惑星は、宇宙の辺境ストン星系に属する荒野の惑星アストリアだった。
一面に荒野が広がり、ろくな産出物もない何も面白みのない惑星。
この星にあるものと言えば、宇宙の各地から流れ着いたゴロツキばかりだ。
つまりはエルダーもそんな流れ者の一人らしかった。
けれどもこのエルダー、意外にも様々な物ごとに精通している男で、偶然出会ったテオに対して「レディが困っているなら」とこの惑星で暮らすための都合をつけてくれ、なんと〈カエサルコア〉の修理まで手配してくれた。
「じゃあエルダー、その帝国の指導者は知っている?」
「聞いたことがあるぜ。なんでもトップは女だったって話だ。そして年はちょうどお前くらいの若さだって……」
テオに少しの緊張が走る。
もしこの男が、自分をスズキ帝国の元皇帝であると知って近づいているのなら背景が気になる。
逆に気がついていないのなら、スズキ帝国に対する感情を把握しておく必要がある。
この協力者を今失うのはテオにとって惜しい。
「ま、そんなことあるわけないわな。どうせ熊みたいな女傑だろうぜ」
「噂が本当だとは思わないの?」
「噂は噂だ。どうせ辺境に伝わるまでに尾ひれがついてんのさ。なにせここの奴らは娯楽に飢えているからな」
――確かに、
「それに俺はそんな
「それじゃあスズキ帝国に対して別に悪感情があるわけじゃないのね?」
「それはまあな。……ところでえらくその亡国に興味津々だな?」
「ま、まあね。これから立身を志す女として女皇帝の話は興味が湧いてね。連中宇宙を暴れまわったから嫌っている人も多いのかなって……」
「ふーん、そういうもんか」
エルダーは興味なさげに返事をしながら、手にもつグラスをまわし氷でカランと音を鳴らした。
右手にタバコ、左手にグラスが酒場でのエルダーの基本スタイルだ。
そしてこの惑星に娯楽と言ったら酒しかない。
――辺境にまで流れ着いたのが幸いしたか。これならこの惑星を足掛かりに再起することも……しかし資金はどうする?
「立身かあ……、それなら先立つものがいるだろ?」
「え、ええ! 私にはお金が必要だわ!」
テオの心を見透かしたようにエルダーが話を振った。
この後に続くのは間違いなく金儲けの誘い文句だ。
今のすっからかんな財布では、精強な宇宙艦隊の再建なんて夢のまた夢。
そして何より〈カエサルコア〉の修理費や当面の生活費としてテオには資金が必要だった。
「それならいい話があるぜ?」
エルダーは再び氷をカランと鳴らしてニヤリと笑った。
☆☆☆☆☆
「そっちにいったぞ、テオ!」
「まかせなさい! 覚悟しなさい獣が!」
エルダーの扱う超電導ライフルで追い立てられた獲物を仕留めるべく、テオは〈カエサルコア〉を操って迎え撃つ。
その名で知られるこのアストリア全土の荒野に生息する獣とも蟲とも言える生物の体躯はみな一様に大きく、強靭な殻に覆われており、雑食性で非常に獰猛だ。
エルダーの持ってきた仕事はこの甲殻獣退治だった。
甲殻獣の頑強な殻は建設素材や武具の材料として、肉は食用として需要がある。
だがその獰猛さと強靭さゆえに狩るのは難しい。
ゆえに危険だが金になる仕事だ。
「ビームソードを食らいなさい!」
テオは甲殻獣の突進を上手くかわすと、背後から強固な殻の合間を狙って首の部分をビームソードで突き刺した。確かな手ごたえを感じる。
「このっ! 暴れるな!」
周囲に肉の焦げる匂いが広がり、甲殻獣は痛みに耐えかねてのたうち回る。
テオは〈カエサルコア〉を操ってビームソードが抜けないように羽交い絞めにして抑える。
じたばたと暴れまわる甲殻獣も、首を貫かれてはさすがに長くはもたない。
じきに抵抗が弱くなり、五分もすれば動かなくなった。
「よくやったテオ! 無事か?」
「ええ大丈夫よ」
エルダーが囮となって引きつけ、テオが〈カエサルコア〉を使って仕留める。
これで今日はもう三体目だ。二人は順調に仕事をこなしていた。
☆☆☆☆☆
二人が甲殻獣狩りを始めてから一週間程が立っていた。
今日も朝から四匹の凶獣を狩ると、日も暮れたので街の酒場に帰ってきた。
「こんなんじゃらちが明かないわ!」
バンっとテーブルに手を叩きつけながらテオが訴えるが、幼女のテオがそうしたところでそれほどの迫力がなく、幸か不幸か周囲の注目も集まらない。
「何が不満なんだ?」
「稼ぎよ!」
「あのなあ……、甲殻獣一匹で二十万ゴルンだぜ。このアストリアじゃあ一家が一月、いや二月は十分に暮らせるぜ。それを日に四、五匹、しめて百万ゴルン弱は毎日稼いでいるんだ。それでも不満なのか?」
「う……」
呆れたように反論するエルダーの言い分はもっともだ。
けれどテオにはもっとお金が必要だ。それも手早く。
一日百万ゴルン稼いでも、〈カエサルコア〉の修理費なんかを除いて二人で山分けするとそう多くは残らない。
在りし日にテオが率いていた大艦隊の一隻にしても、今稼いでいる額の数十倍は必要な額だった。
運用要員や弾丸の事を考えればまったくと言って良いほど足りないだろう。
テオはその天才的な頭脳をもって、かつて惑星マリナスで始めたように商売をしようかとも一瞬考えたがそれはなしだ。
そんなことをすれば、自分に恨みを持つ同盟軍共にすぐに生きていることを感づかれるだろう。
――エルダーを
いや、それもまずい。
急成長する大企業の裏にいる幼女の存在なんてゴシップ紙のかっこうの餌食だ。
必ずかぎつけられる。なにかもっと……、そう例えば幼女のテオでも不自然ではない形で……。
「そういうことなら俺に考えがある」
「本当に!? 私でも不自然じゃない形で!?」
「ああ、むしろ
「私にしか……」
「ただ一つ聞きたい。お前に身体を張る覚悟はあるか……?」
エルダーの表情は真剣そのものだ。その眼差しは鋭くテオを射抜く。
数々の視線をくぐり抜けてきたテオもこれには思わずつばを飲み込む。
身体を張ると言うが、いったいどれほどの苦難が待ち受けているのか?
……しかし、テオには成さねばならない志がある。
自分自身に誓ったのだ、必ず宇宙統一を成し遂げて見せると。
「……覚悟ならとっくにできているわ。エルダー、私にその仕事を案内してちょうだい!」
「フッ……、お前の根性には恐れ入るぜ。よしきた、すぐに連絡を入れてやる!」
お互いに仕事の成功を祈って、エルダーはきつい蒸留酒入りの、テオは甘いミルク入りのグラスを打ち合わせた。
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