260話 神社生活 2


気になるけど……また今度でいいか。


 ……朝起きてから数時間たった。体感では大体午前の10時くらい。

 この時間帯に街に来て、ポチと待ち合わせをする約束だった。


「かいと」

「あ、ぽ……じゃなくて史郎お兄ちゃん」


 総一郎さんの屋敷が見える街道の端で立っていると、ポチが話しかけてきた。  


「元気か? 体のどこか調子が悪かったりしない?」

「うん、大丈夫だよ」


 まだ1日しか経ってないのに……そんなに俺のこと心配なんだ。


「そっか、それなら良かったよ。じゃあちょっと失礼するよ」


 するとポチは両手を伸ばし、俺の体のあちこちを触り始めた。

 手の付け根に親指を当てたり、目の下を引っ張って覗き込んできたり。


「な、なにしてるの?」

「簡単な触診だよ。自覚できない体の変化もあるからね」


 そ、そんなことも出来るの!? 凄いなぁ……。


「そんなこと、だれに教えてもらったの?」

「……実家の本棚にそれについて書いてある本があってね。まぁ、どんな変化がなんの病につながるか詳しくは分からないみたいだけれど、とにかく体調が悪い人は一定の変化がでるんだよ」


 へ、へぇ……そうなんだ。健康診断とかした事ないから知らなかった。


「……本当はこんな事しなくても、主人様の体調はある程度把握できていますが」


 触診をしつつ、小声でそう呟いた。

 そういえば、俺とポチは魔力が繋がってるんだったっけ。それで俺の調子が分かるんだ。


「ま、念には念をって事だからね。やっておいて損はないさ。ほら、口を開けて」

「……口? ほ、ほう……?」


 思い切り口を開けてみせる。彼は俺の頬に手を当てると、口の中を覗き込んできた。


「……大丈夫だね」


 ポチは史郎の口調で軽快に言うと、パッと両手を話し掌を見せた。


「うん、これでおしまい。ありがとう」

「う、うん。こっちこそありがとう」


 その笑顔に少し安心感を覚えていると、彼は立ち上がりあたりを見回し始めた。


「……これからどうする? かいとは何かやりたい事あるかい?」

「えっと……ううん、特になにも。朔夜さんのところに戻ろっかなって」

「そっか」

「……史郎お兄ちゃんは大丈夫なの? その、お仕事とか……」

「ああ、大丈夫だよ」


 何が大丈夫なのかは教えて貰えなかったが、そう言うなら大丈夫なんだろう。


 ポチは俺よりしっかり者だし……。


「かいとはこれからどうする?」

「僕? ……朔夜さんのところに戻ろうかな。史郎お兄ちゃんはどうするの?」

「俺は……仕事に戻ろうかな。本当はかいととずっと一緒に居たいんだけどね」


 ポチは若干不服そうな表情を見せる。


「うん……でも」

「分かってるよ。かいとの事だから、功さん達の頼みを優先しろって言うだろ?」

「……うん」


 「分かっていた」と言いたげな軽いため息。そして頭をぽんぽんと撫でられた。


「……ちゃんとして来るから、心配しないで」


 困ったような笑顔で告げられ、反応に困る。しかし、お願い通りにしてくれると言うのならお礼をちゃんとちゃんと言わないといけない。

 そう思い、笑顔を作ってお礼を言った。


「……ええ」


 だが、それでも彼は悲しい顔を浮かべた。

 その理由が分からず、どうすればいいのかわからない。そんな俺に彼は小声で言った。


「……申し訳ありません……」


 周りにいる誰にも聞こえないような小声。

 しかし、それは俺の頭の中で大きく響き渡った。


 驚いてただ見つめることしか出来ない俺に、彼は帰り道を気をつけるよう言い残し去っていった。


「ぅ……うん……」


 その彼の背を放心状態で見つめる。


 なんで謝ったの……? 俺は何も……。


 時折こちらを振り返る彼を見ながら、ほとんど働かない頭で考える。

 いくら考えても答えは出なかった。


 放心したまま、おぼつかない足で朔夜のいる神社へ向かう。

 途中、すれ違った男性から大丈夫かと声をかけられたが、足が勝手に走り出して逃げてしまった。

 足が勝手に走り出したのもなぜか分からない。分からない事だらけだ。


 走っているうちに神社へたどり着いた。草履を脱ぎ境内へ入る。

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