241話 街で



 森でカイトの動向を決めた5人は、賑やかな街へ再び戻って来た。彼らはまず、いつこの街を出発するか話し合った。


 時刻は昼過ぎ。これから京都へ向かうべく街を出ても、途中の別の街へ到着するのは夕暮れの後。

 出来る限り早く行動したいのは山々だが、この非常事態、行動は比較的安全な朝から昼、遅くとも夕暮れ前に済ませておくべきである。


「今日はこの街に残るけど、仕方ないね。どのみち、街でやらないといけない事もあるし」

「そうね。……かいとの件も手続きしなきゃ」


 ミフネがそう言うと、その場に居た全員の顔が神妙なものになった。彼の孤児院の件だ。

 そんな中、セオトがおずおずとカイトへ問いかける。


「あの……かいとさん、本当に良いんですか?」


 自分から申し出たとはいえ、カイトは人と接するのが得意ではない。

 その事は皆承知しており、よほど薄情な者でなければ心配するのが普通だろう。


 しかし、それに対してカイトは首を縦に振る。

 それも仕方のない事だ。彼は、4人の不安に思っている事を全て理解し切る事が出来ていない。

 自分が原因でポチとコウ、ミフネが喧嘩をしてしまったと言うことの方が罪悪感を感じ気にしている。


 それに加え、最善だと思い提案した案が通り、彼らがそれに沿って行動している事実。それが重なり、彼は自らを顧みずにいた。


「……分かったよ。それじゃあ功さん、孤児院の手続きを頼んでも良いですか?」


 “史郎”を演じるポチがコウへ問いかける。コウはそれに「勿論」と返した。


「助かります」


 すると、ポチはかがみ込み隣にいたカイトに目線を合わせ、頭を撫でながら告げた。


「美音さん達と一緒にいるんだぞ? 俺は少し見ておきたい場所があるからさ」

「……うん、分かった」

「うん、それじゃあ美音さん、瀬音さん、すいませんがこの子を頼みます」

「ええ」

「分かりました」


 ポチはにこりと笑いお礼を言うと、「それでは」と街道へ去っていった。

 その背中を見送ると、コウも1人で行動をすると言い出した。


「孤児院の手続きに行きたいんだけど、俺1人で良いからさ。君達は適当に時間を潰しててよ」

「え? 僕は行かなくても……?」

「うん、そもそも孤児院はほとんどが飛び入りだからね。手続きを踏んでから入る人とは半々くらいらしいし、だいたい本人はその場に居ないって、だいぶ前に聞いた事があるんだ」

「そ、そうなんですか……」

「うん、だから君は美音達とゆっくりしてて」


 手続きの際に本人が居るに越した事はないが、コウはカイトへの後ろめたさから、少しでも彼の手を煩わせないようにと言う思いから、そのような配慮に至った。


「それじゃあ、行ってくるよ」


 3人を残し、コウは孤児院へと向かった。

 幼い頃にこの街のつくりは把握している。彼は一直線に孤児院へ辿り着く事が出来た。


「ごめんください」

「はいはい、いらっしゃい」


 戸を開け中に入ると、そこには老人が1人座っていた。老人はコウへ挨拶を返し、座布団を1枚用意し彼を招き入れた。


「……新しい子かい?」

「はい、今日はその手続きを」

「そうかい……」


 コウの返答に眉をひそめ、表情が暗くなる老人。それに疑問を抱き問いかける。


「すみません、なにか悪い事でも……?」

「ああいや、すまないのう。長年孤児院の院長をしているんだが、いつまでも慣れなくてな」

「慣れる……ですか?」

「そうだよ。孤児院に入るって事は……ねぇ? そう言う事だろう?」

「……」


 彼の言いたい事を、コウは理解していた。子供が孤児院に入る理由など、1つしかない。

 しかし、カイトは他の孤児とは事情が違う。


「実は、事情があって……」

「……事情?」

「はい、実はその子、俺の家で引き取ることになってるんです」

「ほう、それじゃあなぜここに?」

「明日から長くて1ヶ月間、遠くに出向かなくてはいけなくて……どうしても、その子を連れて行くことができないんです」

「……そう言うことか」


 老人は察したように呟いた。


「……大丈夫ですか?」

「うむ、そう言うことならば仕方がなかろう。1ヶ月間じゃな」

「はい、ありがとうございます」

「……で、その子は君の親族かな?」

「いえ……知り合いの子です」

「そうかい……」


 老人は呟くと、両目を閉じ黙り込んだ。少しの間、戸ごしに聞こえる街人の声だけが彼の耳に届いていた。


「……よし、分かった。それじゃあ少し奥へ行ってくるから、ここで待っていておくれ」

「はい、分かりました」


 手続きと言っても紙を使う物ではないらしい。老人は襖を開け、奥の方へ姿を消した。


「……」


 コウはその場にポツンと残された。老人が出ていった後の足音からして、すぐに戻って来そうにはない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る