226話 無表情の女の子 2
あまりにあっさりとしすぎて理解が追いつかない。
「どうしたの?」
その様子を疑問に思ったのか、そう尋ねられた。考えがまとまらず、足が止まってしまう。
「……」
迷ったが、彼女に気になっていた事を聞く事にした。
「……い、1個……聞いても良い?」
「ん、なに?」
「……こたつちゃん……はさ、僕の事……妖怪だとは思わなかったの……?」
「思った。だから聞いた」
……思ってたんだ……それなら……。
目をぎゅっとつむり、傘の持ち手を握りしめた。
「そ、それなら……その事……僕の事、誰かに言ったりしてない……?」
1番不安だった事だ。これを言葉にするだけで、心臓がバクバクと大きく鳴り、恐怖心がぶり返す。
「誰にも言ってない」
「……ぇ……?」
しかし、その答えはまたもあっさりと答えられた。思考が動かず、ただゆっくりと彼女の顔を見る。
「言ってない。かいとの事は秘密」
「ぇ……な、なんで……? だって、妖怪って……」
なんとか言葉を捻り出し、尋ねた。
「ん、かいとの事は、妖怪かもって思ってた。でも……」
でも……?
「悲しい顔、してた」
か、悲しい……?
そう言われ、脳裏にあの時のことが浮かぶ。
たしか……あの時は、家族みんなのことを思い出して……寂しくなってた……。
「悲しい顔してるのに、追い打ちはしない。私は鬼じゃない」
「……」
「だから、悲しい顔してた事とか、あの水の事とか、話しをしたいと思ってた」
こたつちゃんは俺の目を見てそう言った。
「……」
お話し……魔術とか他の国から来たとか……だよね……。
本当は話しちゃいけない事……だけど、こたつちゃんは俺のことを思って秘密にしていてくれたんだ。
だったら、俺もそれに応えないと……。
「……ぁ、あのね……」
「うん」
彼女の反応を伺いつつ、他の国から来た事、魔術の事を話した。
その話を聞いている間も、相変わらず彼女の表情は動かない。
「海の向こう……前、貿易してたって、言う国?」
「う、うん……」
こたつちゃんは、話を聞き終えるとまずそう聞いてきた。答えると、少し考え込むように下を向いた。
「……まじゅつ……? いつでも使えるの?」
「うん……好きな時に……」
「今も?」
「今……は、ごめん……約束してて……魔術は使っちゃだめって……」
「……分かった」
ミフネさんとは、この国で魔術と魔法を使っちゃいけないって約束した。だから、今ここで見せる事はできない。
「かいとは妖怪じゃなくて、海の向こうから来た人間」
「……うん、そうだよ」
「分かった。良かった。嬉しい」
う、嬉しい……?
何が嬉しいのかは分からないけど、とにかくちゃんと人間だって伝えられて良かった。
これで、心のもやもやは消えた。
「あ……そ、それでね……この事は、誰にも言わないで欲しいんだ……」
「分かった。秘密にする」
その言葉を聞いて安心した。
秘密にしてくれるって言ってるし、もう心配な事は無い。
「……あ」
すると、こたつちゃんが別の方向を向いてそう呟いた。
何があるのかとそちらへ目を向けると、木々の間から建物が見える。
どうやら、もうすでに森の出口付近まで来ていたらしい。
「……行く?」
「あ……うん、行こっか」
傘を持ち直し、しっかりと両手で持ちながら歩き始める。
「……」
ここでふと気になったことがある。
彼女は割と森の出口に近い所にいた。
走ればきっとすぐに森を出られたと思う。にも関わらず、彼女は木の下で雨宿りしてた。
迷ってたわけでもないみたいだし……なにか理由があったりしたのかな。
「ね、ねぇこたつちゃん」
「……?」
声をかけるとゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「なんであんな所にいたの? 森の出口、結構近かったけど……」
「ん……これ。汚れたら困る」
「……?」
こたつちゃんはそう言うと、両手で大事そうに持っていたものを見せてくれた。その時も、雨が当たらないように気をつけていた。
「お兄ちゃんから貰った櫛。大事なもの」
「櫛……」
梅のガラス細工が綺麗な櫛だ。大事に握っていたからか、汚れどころか水滴の1つもついていない。
これを汚したくなかったから、あそこから動けなかったんだ。
「そっか……大事なものなんだね」
「ん、大事なもの。分かってくれて嬉しい」
謎が1つ解決した所で、ちょうど森を抜けた。目の前は開け、街がよく見える。
「孤児院、こっち」
「うん」
彼女の言う孤児院は、割と近くにあった。周りの建物よりも大きく、外から見ても中がとても広い事がよく分かる。
中からは複数の子供の声と、大人の男女の声が聞こえてくる。
子供の声ははしゃいでいるだけだが、大人の方の声はなにやらそんな雰囲気では無い。
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