225話 無表情の女の子



「ま、まだ……濡れてます……よ?」

「ん、大丈夫」


 そう指摘しても、彼女は手ぬぐいを返そうとする。


 もしかして、自分がどのくらい濡れてるのか分からないのかも……自分からじゃ、あまり見えないところも多いし……。


「……傘、持っててもらっても、いい……ですか?」

「……? ごめん。両手空いてない。持てない」

「あっ……そっか……」


 ……なにか大事そうに持ってるし……仕方ないか。どうしようかな……。


 考えた結果、傘を木に立てかける事にした。持ち手の1番下が少し汚れてしまうが仕方ない。


 ごめんなさい、朔夜さん……! 後でちゃんと綺麗にします……!


 できる限り泥が跳ねないようゆっくりと傘を置き、木へ立てかける。上手い具合に傘は立ってくれた。

 そして手ぬぐいを受け取り、それを両手で持って彼女の頭を拭いてあげた。


「ん……」


 女の子は小さくそんな声を出したが、嫌がるような素振りはない。目を閉じて、自分を拭く手ぬぐいを受け入れている。

 一方俺はかなりビクビクしている。でも、寒いのが辛いのは分かるし、俺のせいでこんなに濡れちゃってるんだ。


 髪の毛を痛くないように拭いてあげた後、両頬へ手ぬぐいを移動させる。

 ムニッとした感触に続いて、ひんやりとした感覚を手で感じとる。それに、体も少し震えてるみたいだ。


 俺のせいでこんなに冷えて……。


「……ん」

「あ、ああ……ごめん……なさい……」


 ほっぺ両手で挟んだままだった……。


 声をかけられたのかは分からないが、彼女の声で我に帰った。慌てて両手を動かし、彼女の顔、体と拭いていく。

 身長が俺とほとんど同じで、拭きやすかった。


「……よし……」


 これである程度は拭けた。まだ濡れてるけど、さっきよりはマシなはず……。


「……ふ、拭き終わりました……」

「ありがとう」

「……」

「……」


 会話が続かず、無言で彼女と見つめ合う時間が過ぎる。その無表情な顔からは、やはり感情は読み取れない。


 え、えっと……この子の家に行こっか……。


「あの……」

「君……」


 彼女に家の場所を聞こうとしたが、彼女と喋り出しが被ってしまった。


「ぁ、いや……」

「君から、話して」

「ぁ……うん……えと、家まで送る……から、案内してもらってもいい……?」

「分かった。こっち」


 頼むと、女の子は街のある方向へ体を向けた。

 その様子から、どうやら森に迷って出られなくなったと言うわけではなかったらしい。


「行く?」

「ぁ、うん……行きます」


 街の方へ俺が歩き出すと、女の子も傘から出ないように体を寄せて歩き始めた。両手は相変わらず、胸の位置で何かを大事そうに握っている。



「君、名前は?」

「ぇっあ……」


 歩いてると、突然話しかけられた。

 そういえばさっき、何か言おうとしてたっけ……。


「か、かいとです……」

「かいと……分かった。私はこたつ」

「……こ、こたつ?」


 こたつって、あの冬とかにあるやつだよね? 見た事ないけど……。


「ん、こたつ。好きだから」


 好きだからこたつ……。


「こ、こたつ……さん?」

「こたつで良い」

「あ……うん……」


 再び無言の状態が続いた。


 森を出るまでまだ少しかかるけど、こたつ……ちゃん、に合わせてるから、急げないし……。


 ……あの事、聞いてみようかな……。


 “あの事”とは、魔術を見た事に関してだ。例えば誰かに話してないか、とか……。


「かいと」

「あっ、ひゃい!?」


 話しかけられたと同時に、傘を握っている手にひんやりとした感触を感じた。

 見ると、傘の持ち手を握っている両手のうち、右手にこたつちゃんの手が当てられている。


「な、なん……ですか?」

「……かいとって、妖怪?」

「……! ……」


 お、思ってた事聞かれた!


「……人間?」

「に、人間ですよ……! 僕は……人間です……」


 反射的に答えた。少し声が大きくなってしまったかもしれない。

 しかし、こたつちゃんは、特に反応を見せる事はなく答えた。


「分かった。良かった」

「ぇ……」


 あまりにあっさりとしていて、呆気に取られてしまった。


「し、信じて……くれるの? ……で、ですか?」

「ん、嘘じゃないなら信じる」

「う、嘘じゃないです……」

「じゃあ、大丈夫。安心」

「……」


 彼女はそう言うと、手を離して再びもう片方の手で持っていた何かを大事にそうに握った。


 それに対して俺は、あまりにあっさりとしすぎて理解が追いつかない。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る