209話 街中
「ねぇ、ポチ。この事、功さん達には言ってあるの?」
「いえ、まだ主人あるじ様に……」
「そ、それなら早く言いに行って! 大事な事だから!」
そう言い、立ち上がってポチの背中を押す。
「主人様、落ち着いてください。私の背を押してもこの先には功様方はいません」
「わ……分かってるよ! えっと……とにかく、功さん達にこの事を言いに行って!」
ぐいぐいと背中を押していると、ポチはゆっくりと立ち上がった。そして、こちらを振り向いてしゃがみ、目線を合わせて話しかけてきた。
「分かりました。では、私はこれから功様方にこの件を伝えに行ってまいります」
「う、うん。えっと……いってらっしゃい」
「ですが……」
ポチの表情はなにか悩んでいるように見えた。
ど、どうしたんだろう……? 何か不安な事があるのかな?
「ど、どうしたの?」
「その間かん、主人様の元から離れることになってしまいます」
「……へ?」
予想外の言葉に、変な声が出た。
「そ、それだけ?」
「はい。正直に言わせていただきますと、主人様1人ではなにか“やらかす”可能性があり、心配です」
「ぅぐっ……そ、そんな事ないもん」
「申し訳ありませんが、そうとも言い切れません」
「ぁぅっ……」
そ、そんな事心配してたんだ……そ、そりゃあ……俺も不安だけどさ……。
で、でも今はそんな事より……。
「ぼ、僕の事はいいから! 早く言いに行ってよ……」
「……分かりました。主人様、くれぐれもお気をつけて」
ポチは立ち上がり、来た道を戻って行った。
にしても、あんなに大事なことを……いや、俺も同じか……な?
なんにせよ、とにかく俺は1人になっちゃった。
「ど……どうしようかな……」
屋敷……には戻れないし……さ、散歩でもしようかな……ここにいてもどうしようもないし。
それに、1ヶ月もここにいるんだから、少しでもこの街に慣れておかないと……。
「よ……よし」
覚悟を決め、立ち上がって先ほど通った道を戻って街道にでる。辺りを見渡してみるが、当然ポチの姿は見えない。
大きな心臓の音を感じながら、街道の端っこを歩く。とりあえず屋敷とは逆方向に進むことにした。
すれ違う人達の中には一瞬こちらへ目を向ける人もいるが、特に気に留める様子もない。
やっぱり、美音さんの言っていた事は正しかったみたい。
とりあえず安心だね。
「……」
散歩……どこに行こうかな。この街大きいし、色んなところありそうだけど……。
お寺とかあるのかな? あるなら行ってみたいなぁ。
「おや昨日の子じゃないかい」
「ひゃあ!?」
どこに行こうかと悩んでいると、突然横から大きな声が聞こえた。
「おおすまないねぇ。そういやあんたは人見知りなんだったかい?」
声がした方を向くと、そこは八百屋だった。いつの間にここまで歩いてたんだろ。
八百屋の前にはあの恰幅の良い女性が立っている。
「こ、こんにちは……」
「はいこんにちは。兄さんはどうしたんだい? 一緒じゃないのかい?」
「ぁ……えっと……」
ポチがいない事の言い訳考えてなかった……。
「……お、お仕事……」
「ああそうだったのかい。昨日なんか領主様んとこに行ってるとは思ったけど、もう仕事をもらってたのかい」
え!? み、見られてたの!?
……でも、それは別に見られてもいいのかな? 特に悪い事じゃないしね。
「兄さんが仕事ってことは、あんたはどうするんだい?」
「えっと……お、お散歩してます」
「つまりは暇って事だね。それに散歩ったって、昨日来たばかりじゃ、この街のつくりは分かってないんじゃないのかい?」
「ぅ……」
図星を言われて思わず声が出る。
「土地勘がない場所での散歩は迷子になるだけだよ。ほら、こっちおいで、この街について教えてあげるよ」
「ぇ……?」
女性は店の奥へ来るよう手招きしている。急な提案に困惑してしまう。
「おいで、とって食いやしないよ」
優しい声で急かされ、慌てて後を追って八百屋へ入った。屋内の暗さに目が慣れると、そこには折り畳まれた紙を1枚持った女性の姿があった。
彼女は机にそれを広げ、部屋に上がるか迷っている俺に手招きをしている。
しかし、俺は部屋に上がるかどうかを迷っていた。
「……」
「……どうしたんだい?」
「あの……お、お金持ってない……です……」
だって、こういうのってお金がいるんじゃないの? ここお店だし……。
俺が弱々しくそう言うと、女性は「ハッ」と笑って答えた。
「なんだい? まさか、金のためにやってると思ってんのかい?」
「えっと……」
「安心しなよ。これは金じゃなくあんたのためにやってんのさ。分かったら、早くこっちへおいで」
「……」
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