190話 倭国入国 2
小さな池で腰タオル1枚になって、体や服を洗っていると、コウさんとミフネさんが来て話しかけてきた。池のふちにしゃがみ込んで目線を合わせている。
「街に着いたら色々としなきゃいけない事があって、少し遅くなるかもしれないわ。ポチにあんた用の服を持たせるから、あいつが帰ってくるまでここで待ってるのよ」
「分かりました」
「まぁ……カイト君なら大丈夫か。ここら辺には強い妖怪も居ないはずだし。それに、なんて言ったって龍殺しの英雄だもんね」
「そ、それは言わないでください……あ、そうだ」
ミフネさんの顔を見てとある事を思い出した。
「あ、あの……ミフネさん」
「あたし? なによ」
「もしかしたら、これで髪を黒くできるかもしれません」
そう言って、俺は収納部屋から竹で作った入れ物を渡した。中には黒い液体が入っている。
「……え? 黒く? 出来るの!?」
ミフネさんは驚きの声を上げると、その入れ物を差し出した俺の手を両手で握ってきた。
思っていた以上の食いつきで、思わず体をびくりと震わせてしまう。
「あ……悪かったわ。……で、これで髪を黒く出来るの? ていうか、そもそもこれ何よ?」
「えと、森で暮らしてた時、手作りの刀を染めようと思って、いろんな色の花を集めてたんです」
「つまり、花が原料の染色液って事ね」
「は、はい」
さすがミフネさん、理解が早い。
「……というか、あたしの髪の事カイトに話したの?」
落ち着いたミフネさんは、コウさんを睨みつけて問いただす。
「あーいや……うん、話した」
「……ったく、余計な心配かけさせたく無いから黙ってたのに」
「ごめん」
苦笑いで謝るコウさんに、ミフネさんはため息をついた。
というか、俺に心配させたくなくて話してなかったんだ、本当に優しいな。
「……ま、今更良いわ。それで? さっきの話だと、これ刀用に作ったんでしょ? 髪につけても大丈夫なわけ?」
「他の色を作ってる時、髪についちゃった事があったんです。でも、そこが染まっちゃっただけで、特に問題は無かったです」
「……そう、じゃあ染め方を教えて」
「分かりました」
ミフネさん……無表情だけど、少しソワソワしてる。倭国に来たら、髪の毛をずっと隠して過ごすつもりだったって言ってたし……。
「……これでいいの?」
「はい。ちょっとだけ水で薄めて、それを髪の毛に塗れば……」
大きめの入れ物に染色液を入れ、それを水で薄める。そして、薄めた染色液に髪を浸す。すると、その染色液に浸った部分の髪が黒く染まっていた。
それを何度か繰り返すうちに、ミフネさんの髪はコウさんやセオトさんと変わり無いほど綺麗な黒へ染まりきった。
「うわ……す、凄いね。さすがカイト君だ」
「だ、誰か鏡持ってない?」
「あ、良ければこれを……」
収納部屋から手鏡を取り出し、彼女へ渡す。ミフネさんはそれを素早く受け取ると、自分の姿を映した。
「……!」
鏡に映った自分の姿を見たミフネさんは、ハッとし口を抑えた。そして、無言のまま鏡を見続けている。
「ミ、ミフネさん……?」
声をかけるとミフネさんは顔を奮ってこちらに目を向けた。一瞬だが、涙が浮かんでいるように見えた。
「カイト……ありがとう。礼を言うわ」
「あ……良かったです。綺麗な黒に染まって」
「ええ……まさか、こんなところで夢が叶うなんてね」
普段の常に怒っているような表情のミフネさんと違い、とても穏やかな笑顔でお礼を言われた。
というか、夢だったんだ。もっと早くあげれば良かったかな……?
「カイト君、俺からもお礼を言うよ」
「いえ、僕も役に立てて嬉しいです」
「いいや、ミフネが嬉しそうにするのは久しぶりだからね。本当にありがとう」
コウさんがそう言うと、ミフネさんは勢いよく顔を手鏡で隠してしまった。
「ここ最近、忙しすぎてなかなか落ち着けなかったからね。ミフネが嬉しそうな顔を見たら、俺もとても嬉しいよ。兄としてね」
「……うっさいばか」
ミフネさんの小声が聞こえたような気がした。しかし、そのすぐ後にいつも通りの彼女の声が耳に届く。
「カイト、本当に感謝してるわ。街に帰ったら、有り金全部使ってご馳走を用意しておくから」
「え……い、いいんですか?」
「当たり前じゃない。9年前に持ち出した金が残ってるからね。今でも使えるんなら結構な額になるはずよ」
「そうですか……楽しみです」
ミフネさんのありがたい申し出に、笑顔で応える。
「よしっ、それじゃああたしも今夜は飲もうかしら」
「えっ」
俺の回答を聞いたミフネさんは笑顔を返してくれた。あと、コウさんが若干変な反応をしたのが気になる。
「じゃああたし達は街へ向かうわ。いい? ポチが来るまでここで待ってるのよ」
「分かりました」
「……それじゃあ、また後でね」
「あ、そうだ。いい? この国での“魔法や魔術の使用は禁止”だからね。あたしの話を聞いたのなら、その意味がわかるでしょ?」
「は、はい。分かります」
「ポチはともかく、あんたはなんかやらかしそうだからね。じゃあ約束よ」
そういうと、2人はさっきまでいた場所へ戻っていった。そして、木々の間から街へ向かう4人が見える。
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