182話 コウの過去 45
鵺ぬえ達の巨大な前足が総一郎へ振り下ろされる。しかし、それを総一郎はゆっくりとした動作で躱した。
そのまま流れるような動きで、刀が右がにいた鵺ぬえの腕に深々と沈み込んだ。
悲鳴とも取れる鳴き声を鵺ぬえが上げたその時、突然総一郎がもう1匹の鵺ぬえとは別の方向を向き、刀を頭上に構えた。
その瞬間、鉄同士がぶつかる音が鳴り響く。
しかし、強い衝撃を受け止めるような動作をしている総一郎の前には、なにも見えない。
まるで、見えない何かから攻撃を受けたようだ。
そんな動きを止めた総一郎へ、先程負傷した鵺ぬえが苦し紛れに前足を振り下ろす。
……が、気がつけばその振り下ろされた前足は宙を舞っていた。
それを唖然とした目で追う鵺ぬえ。
「気を逸らせば、それで終いじゃぞ」
そんな総一郎の呟きと共に、その鵺ぬえの首が地面へ落ちた。
「畜生めが!!」
怒号と共に再び鉄同士がぶつかる音が鳴り響く。
「姿を消しているのに、声を出してしまっては意味がないぞ」
「……っ!!」
総一郎から距離をとった鵺ぬえ。その横の空間が不自然に揺れたかと思うと、怨京鬼おんぎょうきが姿を現した。
「たしか……お主は、“隠形鬼おんぎょうき”とも呼ばれておったな。その姿を隠せることだけは、その名に恥じぬのう」
「……」
「まったく……怨京鬼おんぎょうきなどという大層な名だけが、一人歩きしておったのかの?」
俯き気味の怨京鬼おんぎょうきは、右手に持つ刀の柄を顔の前まで持ち上げ、話し出した。
「……四天王と呼ばれた時、わしはまだ“隠形鬼おんぎょうき”ば名乗っとった。初めて四天王達と飲み交わした時ん事は今でも鮮明に覚えとる」
「……」
「だがな……京とん戦いん際、目ん前で他ん四天王が斬られたことも、鮮明に覚えとる。そん日から、わしは京ば怨んだ。自らん名ば怨京鬼おんぎょうきと変え、報復んために今日まで生きてきた……」
怨京鬼おんぎょうきは、右手に持った刀の切っ先を、ゆっくり総一郎へ向けた。
「四天王ば斬ったのがきさんやて言うことも覚えとるぞ」
再び怨京鬼の姿が消える。
それと同時に鵺ぬえが咆哮し、総一郎へ突撃した。
鵺ぬえが振り上げた両前足を振り下ろす。総一郎は真上へ跳んで躱した。
「獣は例外無く、単調な攻撃しかせんのう」
地面に亀裂を走らせる鵺ぬえの前足に着地した総一郎。そして、目にも止まらぬ速さの斬撃。
一閃。
叫ぶ鵺ぬえの体が跳ね上がる。しかし、体が跳ね上がった後も両前足は総一郎の足の下にあった。
その鵺ぬえの視線が動く。それを総一郎は見逃さなかった。
素早く振り返り、刀を頭上に構える。けたたましい音に合わせて赤い火花が飛び散った。
総一郎の目の前の景色が揺らぎ、怨京鬼おんぎょうきが姿を表す。
「手下を囮とするのならば、視線にも気をつけさせた方がよいぞ」
「……ふんっ」
どこからとも無く聞こえる嘲笑の様な声。それと同時に総一郎の腕が力強く掴まれる。
「っ!」
「囮はわしだ」
怨京鬼おんぎょうきの声と共に、総一郎の脇腹に巨大な蛇が喰らい付いた。鵺ぬえの尾だ。
「ぐおっ!!」
死角からの不意打ちを受けてしまった。総一郎はとっさに体を捻り、蛇の首を切断した。
しかし、首をたたれてもなお蛇の牙は総一郎へ深く食い込む。
「覚悟せぇや羅刹!!」
「っ!」
そこへ迫る怨京鬼おんぎょうきの追撃。
刀同士がぶつかる音が、嵐の様に鳴り響く。
土を踏み締める音から怨京鬼おんぎょうきの体勢を、風切音から剣筋を予想する。総一郎は姿の見えぬ相手の攻撃を防き続けた。
「ぬぅんっ!」
「ぐおっ!」
総一郎が大きく刀を振る。一際大きい火花が飛び散り、彼から離れた位置の地面に、1人分の足跡が出現する。
「ふっ!」
間髪入れず、総一郎の掌打が脇腹に喰らいつく蛇の頭部に炸裂。すると、蛇の頭部は白目を向いてポトリと地面に落ちた。
蛇の頭部の牙が抜けた箇所から着ている和服に血が滲むが、それ以降血が流れる様子はない。
「……人間も奇妙な術ば使いよる」
「なに、気功の応用編じゃよ。応急処置程度じゃし、そこまで難しい事ではない」
受け答えをする総一郎は視線を横へ流す。その先には彼が先ほど斬った鵺ぬえの姿があった。
しかし、両前足と尾の先端を切断されたその鵺ぬえは、大量に出血したことが原因か、地面に横たわりただ震えているだけだった。
「ふむ……どうやら、残るはお主だけの様じゃのう」
「……」
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