179話 コウの過去 42


「美音ちゃん!!」


 思わず駆け寄るも、あまりの熱量に近づくことができない。

 このままでは美音が危ない。そう直感した時、妙なことに気がついた。


「ガァァアアアアア!!!」


 霊鬼れいきが右腕を振り回し、上半身をひねり、苦しんでいる。炎は霊鬼れいきの仕業かと思われたが、どうやら違う様だ。


 その時、霊鬼れいきが叫んだ。


「なっ……なんで人間が妖術を使えんだあああ

あ!!?」

「……っ!?」


 それを聞き、功は困惑した。

 それではまるで、美音があの炎を……。


「グゥゥゥッ……離せぇ!!」


 霊鬼れいきが勢いをつけて足を引く。引き剥がされた美音はその場で仰向けに倒れた。

 しかし、炎は一向に消える事はなく、霊鬼れいきはその場でのたうちまわる。


「なん……で、消えなっ……!?」


 霊鬼れいきがそう口から漏らす。


「グゥゥゥ……このっ……糞女郎がああ!!!」


 炎に全身を焼かれながら、刀を振り上げる霊鬼れいき。そしてその刀を美音に向かって真っ直ぐ突き立てた。


「あっぐ……!?」


 刀は美音の脇腹を貫き、地面へ深く突き刺さる。それを受け、苦しそうに浅い呼吸を繰り返す美音。


「あっ……はっ……うぅ……!?」


 苦しむ美音の横に立っていた霊鬼れいきは、地面へ深く突き刺さった刀を手放し、炎を消そうと暴れ回る。

 だが、炎は一向に消える様子はない。


「あがっ……み、水……水ぅぅぅうあああ!!!」


 霊鬼れいきは遂に耐えきれなくなり、水を求めて走り去ってしまった。


 突然の静寂。それが、今目の前で起きていた出来事を一瞬だったかの様に、功に錯覚させた。

 功はすぐに正気に戻り、美音の元へ駆け寄った。


「美音ちゃん!」

「あっく……功……くん……」


 痛みに顔を歪める美音は、自分の腹に突き刺さった刀を懸命に抜こうとしている。

 しかし、少し動くだけで痛みが走るのか、力を込めるたびに喘ぎ苦しんでいた。


「……待ってて、すぐに抜いてあげるから」


 功は左手で刀の柄を掴み、一気に引き抜こうとした。しかし、地面の奥深くへ刺さった刀はびくともしない。


「あっ……い、痛い……」

「あ……ご、ごめん! で、でも……」


 それに加えて、美音が痛がるたびに反射的に手を離してしまう。どうするべきか分からず、その場でオロオロするしか出来ない。

 そんな功へ、美音が話しかけた。


「功君……やっぱり、あたしを置いて逃げて……」

「それは絶対に嫌だ!!」


 美音の頼みを即座に断り、刀を抜いて2人で逃げる事を再度心に決める。

 しかし、深く刺さった刀は片手では抜く事はできない。


 ならば、やることは1つしか無い。


「……ふぅー……」


 右の二の腕を掴み、大きく深呼吸をして、思い切り肩へ押し当てる。


「あっぐ!!」


 その瞬間に激しい痛みに襲われる。しかし、まだ右腕はだらんとしていた。

 汗が吹き出し、肩で呼吸をする。そして、再度同じ様に二の腕を肩へ押し上げる。


「功……君……?」

「待ってて……すぐに……」


 無理に作った笑顔を美音へ見せ、再び右肩をはめようとした時だった。

 割と近い場所から、バシャンと何かが水へ飛び込む音が聞こえてきた。反射的にそちらへ顔を向ける。


 それは霊鬼れいきが走って行った方向から、それに加え、この近くには河童達が住み着いていたであろう川があることが予想される。


 となると、予想せずとも何がなんの目的で川へ飛び込んだかが分かった。


「っ!!」


 体制を整え、目を閉じる。急いで刀を抜かなければ、霊鬼れいきが戻ってきてしまう。

 足元へ置いておいた折れた木刀を口で咥える。


 そして、全力で二の腕を肩へ押し上げた。


「っっ!!!」


 “がこんっ!”という音と共に、激しい痛みが右半身を襲った。だが、右腕はなんとか動くようにはなっている。


 咥えた木刀を吐き捨て、震える右腕を酷使し、刀の柄を両手で掴む。


「美音ちゃん。少し、我慢してね」

「……分かった」


 指示を受けると美音は目を瞑り、両肘を地面について拳を握った。

 それを確認して、全力で刀を引き上げる。


「うっ……!」


 美音の呻き声が功の耳へ届く。

 しかし、彼は彼女を心配する視線を送るが力は抜かなかった。


 今出来ることは、出来る限り早くこの刀を抜いてあげることだ。

 より一層の力を込め、刀を抜きにかかる。



 しかし、刀を抜くことはできなかった。

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