178話 コウの過去 41


咄嗟に功は木刀の両端を持ち、頭上へ掲げた。

 受け止められるかは分からない。しかし、避ければ確実に美音へ直撃する。


 それは、何がなんでも防がなければならない。


 力を振り絞り、“硬気”と“化勁”を『同時』に使う。それは、彼にとって初めての試みだった。

 河童との戦闘では、硬気と化勁をそれぞれ使い分けて戦っていた。


 しかし、それは目的があったわけではない。ただ彼の仙術がまだ未熟だったからである。


 だが、今初めて行ったそれらを同時に使うと言う試み。それで霊鬼れいきの攻撃を防げるか……それは賭けだった。


「あああああ!!」


 叫び、鼓舞し、刀を木刀で受け止める。

 凄まじい重圧、衝撃。受け止めてもなお数秒にわたり押し込まれる剛力。

 全身から骨の軋む音が耳へ届く。全身から潰れてしまいそうな痛みが脳へ伝わる。


 しかし、功は諦めなかった。歯を食いしばり、出血するほどの力で木刀を握りしめ、それらを耐え続ける。


 そして……。


「……はぁ……!?」


 霊鬼れいきが小さく驚きの声を上げる。その表情も驚愕のもの。

 そんな霊鬼れいきの目には、自分の攻撃を耐え切った功の姿があった。


「嘘だろ……? 今のを耐えるのか!?」

「……」


 激しく動揺した霊鬼れいきが声を上げる。それに対して功は、ただ肩で息をするだけだ。


「ああっ……糞が! 本当になんなんだお前らお前ら人間は!」


 目の前で起きた現実に怒りを覚えたのか、霊鬼れいきはその場で地面を蹴り付け声を荒げた。


「俺の腕を奪った上に、こんな小っせえ奴が俺の攻撃を耐えただ!? ふざけんじゃねぇ!! ああ本当に苛つかせてくれるな!!」


 どうやら、霊鬼れいきは自分の腕にそれなりの自信があったようだ。だが、自分より下に見ていた相手に攻撃を耐えられ、プライドが傷ついた様子。


「この糞野郎が……ただじゃおかねぇ!!」


 そう怒鳴ると、刀を地面に突き刺し功の首を鷲掴みにして持ち上げた。そのままギリギリと首を締めてくる。


「っ……!! っ……!!」


 耐えがたい苦しみに襲われ、目が見開く。なんとか反撃しようと、木刀を振り上げる。


「っ……!?」


 しかし、木刀を握っていたはずの右腕が上がらない。それどころか、目に入ったのは地面に転がる真っ二つに折れた木刀。


 そして、肩が外れてしまい、ぶらんと揺れる右腕だった。


「このまま死ねっ! 苦しんで死ねっ!」

「っ……!!」


 地面に落ちている木刀には手は届かない。反撃しようにも、体が思うように動かない。追い討ちのように意識も薄れてきた。


 もう……流石にダメか。


 功がそう思った時だった。


「功君を離して!!」


 足元から金切り声に似た叫びが耳に届く。

 這いずって近づいたのか、なんと美音が霊鬼れいきの足にしがみ付いていた。その手には、折れた木刀の片方が握られている。


「なんだ糞女郎!! 先に殺されたいのか!!」


 完全に頭に血が上った霊鬼れいきの怒号が響き渡る。

 しかし、美音は掴んだその足を離さなかった。


「功君を離して! 大事な人が死ぬのは嫌なの!!」

「黙れ!!」

「黙らない!! もう……絶対に功君が死ぬのは許さないから!!」


 より強く足にしがみつく美音。それを見て、さらに霊鬼れいきの表情が怒りに染まる。


「この糞……っ!?」


 しかし、霊鬼れいきの様子が突然変わる。なにかありえないものを見たかのような表情だ。


「なっ……なんだそれは!?」


 驚愕する霊鬼の目線の先。そこには、霊鬼れいきの足を離すまいとしがみつく美音の両手。


 そして、その両手を包み込むように、赤い炎がゆらゆらと揺れていた。


「功君を離して!!」


 美音の叫びに共鳴するかの様に、炎が大きくなる。

 そして、瞬く間に霊鬼れいきの下半身へと燃え移った。


「ガァァアアアアア!!!」


 あまりの熱に、霊鬼は功を放り出し下半身をバタバタと叩いて炎を消そうとする。

 しかし、炎は消えることなくその手に燃え移った。


「うぐっ……げほっげほっ……」


 喉を抑え、むせつつ止められていた呼吸を再開する功。ふと手元を見ると、先程折れてしまった木刀の切っ先の部分が落ちている。

 クラクラと揺れる視界でなんとかそれを拾おうとするも、右腕は激しく痛み、動かすことはできない。

 迷っている場合では無いと、左手で拾い上げ霊鬼れいきへ顔を向けた。


「っ……!?」


 目の前で起こっている光景に言葉を失う。

 霊鬼れいきの足にしがみつく美音。その2人を炎が包み込み、激しく燃え上がっていた。


「美音ちゃん!!」


 思わず駆け寄るも、あまりの熱量に近づくことができない。

 このままでは美音が危ない。そう直感した時、妙なことに気がついた。

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