161話 コウの過去 24



 窓からそよそよと夜風が吹き込む中、天井を見つめ考えふけっている功がいた。


 今日、街がやけに騒がしかった。道場も今日は休みにすると、朝に突然言われたりもした。

 そう言う事で街には降りていないが、それでも分かるほど騒がしかったのだ。


 しかし、総一郎にそれを聞いても『心配はいらないぞ』と返されるだけ。


「……絶対になにかあるよなぁ」


 直感だが、絶対に何かある。

 それが、危機的なものなのかどうかまでは分からないが。


「……」


 しかし、あれだけ騒がしかった街も、今は静まり返っている。横を向けばこちらに背を向け、いつも通り寝息を立てている美音の姿もある。


 日常と何ら変わらないそれらが、妙な胸騒ぎを気のせいだと伝えてきた。


「……まぁいいか。寝よう……」


 仮に何かあったとしても、自分が何か出来るとも限らない。ならば、大人しく朝を待った方がいいだろう。


 そう思い、両目を静かに閉じる。しかし、突然耳に届いた声に反応して、功は跳ね起きた。


『こ……さん!! 外……出て!!』

「っ!?」


 途切れ途切れではあるものの、声量はかなりのもので、その声色もかなり切羽詰まっている。


 ……とにかく、ただ事では無さそうだ。


 美音を起こさないよう慎重に移動する。何か、かさついたものを踏んで音を立ててしまったが、なんとか彼女を起こさずに外へ出た。


「……なんですか? 華奈さん」


 声の主は、あの御神木の木霊こだまだ。功は初めて彼女と出会ってからまだ数週間だが、すでに4回ほど彼女の元へ足を運んでいる。

 その際の会話内容は世間話ばかりだが、この世界のことを知るためにはかなり有力なものだった。


『功さん。突然の呼び出し申し訳ありません』

「いえ、大丈夫ですよ。それより、今日もですか?」


 以前と同様、呼び出された際に何の用なのかを聞く。しかし、華奈の返答はいつも通りではなかった。


『はい。今日も私の元へぜひいらしてください。……今すぐにです』

「……? い、今すぐですか?」

『とにかく、すぐに来てください』

「……」


 それは今までにない事だった。

 今までは前日のうちに訪れるよう連絡が来ていた。そして、1日様子を見て行けるようならば行く。といった感じだ。


 しかし、今回はあまりなも急だ。彼女の声も少し焦っているかのように感じる。


「……何かあったんですか?」


 華奈の様子に疑問を持ち、空を見つめながら尋ねる。


『……と、特になにもないデス。とにかく来て下サイ』

「……」


 反応からして、何かを隠しているように感じる。


「……分かりました。じゃあ、今から行きますね」


 だが、彼女がなにか悪巧みをするような者ではないのは知っている。

 きっと、なにかトラブルが起きたから、手を貸して欲しいとか。その辺りだろう。


 そう判断した功は、願いを聞くことにした。


『ありがとうございます。念のため、なにか武器になるような物を持ってきてください』

「……」


 釈然としないが、とりあえず向かおうと足を動かす。

 屋敷の物置にあった木刀を1本手に持ち、いつもの道順で華奈の元へ向かった。



「……ん……」


 功が去った部屋の中から、美音の声が小さく聞こえた。


「……あれ……?」


 何かに気づき、夜着を押し除けてゆっくりと体を起こす。


「……今日もいない……」


 彼女の視線の先には、功の使っている夜着。

 しかし、それは押し除けられたように崩れ、そこに居るはずの彼の姿は無い。


 近頃、功が夜中に姿を消すことがたびたびある。家中を探しても見つからないが、朝には何事もなかったかのように戻っている。

 彼自身になにか起きている様子があるわけでもなく、普段は優しい。


 それらから、不安を押し殺して何事もなかったように接してきた。


 きっと、散歩へ行っているだけだろう。そして今日も、何事もなく帰ってくるはず……。


「……あれ? なんだろ、これ……」


 ふと、枕元にくしゃくしゃになった紙があることに気がついた。眠った時には無かった。

 拾い上げ、広げてみる。


 手紙のようだ。総一郎の物と思われる、達筆な字が書かれている。


『功君と美音。まずは落ち着いてこれを読みなさい。

 きっと、街が騒がしくて起きたのかもしれんが、大した事はない。

 ただ妖怪共が攻めてきただけじゃ』

「……え!?」


 突然知らされた重大な事に、思わず声を上げる。

 過去に自分の村が、妖怪の襲撃にあった時の記憶が蘇った。

 手足が震え、呼吸も少し荒くなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る