153話 コウの過去 16



 そもそも、彼女が閉めた押し入れの襖すらも閉まりきっていない。これは完全にバレた、功はそう思った。


「ここかの〜。それともここかの〜」


 襖1枚を挟んだ向こう側から、自分たちを探す 物音と声が聞こえてくる。

 功は何となく、彼が楽しませようと、わざと自分達を見つけないようにしているのを感じた。現に、美音はプルプルと震えて笑いを堪えている。


「はて、ここにはいなかったようじゃの〜。他の部屋へ行くとするかの」


 襖が開かれ部屋の外へ出る足音が聞こえてきた。功達は無事(?)何を逃れたようだ。


「あ……危なかったね」


 総一郎が出て行ったのを感じた美音が、割と大きな声で功へ話しかける。


「あ、うん。そうだね」


 総一郎がわざと見つけなかったことに、なんとなく気がついていた彼は、はぐらかすように答えた。

 すると、美音が何かに腰をかけていることに気がついた。


「美音ちゃん。その座ってるのはなに?」

「え? ……暗くて見えない」


 隙間から入る光だけでは、それがなんなのか確認できなかったのか、美音は躊躇なく目の前の襖を開けた。

 この行動に若干苦笑いしつつも、それを確かめる。


「妖怪……?」


 彼女が腰をかけていたのは、古びた分厚い本だった。表紙には筆字で『妖怪』とだけ書いてある。

 反射的に、これを見れば妖怪のことが分かるかも知れない、と期待を抱いた。


「……なんでこんなのがあるんだろ?」

「総一郎さんが買ったんじゃないかな」 

「……見てみる?」


 美音の提案に首を縦に振る功。

 それを敷居の上まで引っ張りだし、小口の中心あたりから開く。

 そこには、数々の妖怪の名称と説明が書かれていた。



『隠れ座頭』

 子供を攫う。夜中に物音を立てる。人に福を授けるなど。地方により様々な性質の伝承がある。


『がしゃ髑髏どくろ』

 夜中にガチガチという音をたててさまよい歩き、生きている人を見つけると襲いかかり、握りつぶして喰う。



 一気に左下まで飛ばし読みをする。



『木霊こだま』


 樹木に宿る精霊。

 山へ声をかけると、同じ言葉で返してくる。



 全体を見るに、どうやら五十音順に妖怪を記しているらしい。数ページに渡り、“か行”の妖怪が水墨画と共に記されていた。


「……っ」


 そして、その中には功の見覚えのあるものもあった。



『河童』


 子供ほどの体躯で凶暴。人を襲い、尻子玉を抜いて殺してから喰う。長く生きた河童は知能が高く、友好的な存在になる場合もある。



 説明はたったのこれだけだが、実際に襲われたからこそ背筋が凍りついた。

 自分を襲った河童はどう見ても友好的ではなかった。あのまま捕まっていれば、殺されていたのだろう。


「……あれ、これなんて読むんだろ」


 美音の声で功はハッとした。彼女は河童のいくつか上に書かれている、妖怪の名を指差している。



『傀儡鬼』



 そこに記されていたのは、あまり見慣れない文字。高校3年生の功も、読めなくはないが自信はなかった。


「功君、分かる?」

「えっと……“くくつおに”……かな……?」

「“かいらいき”じゃな」


 突然目の前から総一郎の声が聞こえ、2人は飛び上がった。案の定、頭上の中段板に頭をぶつける鈍い音が響く。

 シンクロかと言いたくなるほど同じ動作で、頭を押さえてうずくまった。


「おお、だっ大丈夫かのう?」


 目の前で頭部を強打した2人に、総一郎はおろおろしながら声をかける。

 すると、美音がうずくまったまま言った。


「おじいちゃんずるい! 仙術使ったでしょ!」

「はて、なんのことやら」


 突然目の前に現れたことから、おそらく“縮地”でも使ったのだろう。しかし、彼はとぼけてそれを認めなかった。


「それはさておき、頭は大丈夫かのう?」


 総一郎が2人の頭をさする。2人は涙を浮かべながら、顔を上げた。


「ふむ、たんこぶは無いようじゃな。では、『見っけ』じゃ」


 この結果に不服を唱える美音。言ってしまえば、隠れている最中に本を引っ張り出して読み始めたのが悪い気もする。

 しかし、総一郎は笑いながら、もう1度鬼を引き受けた。



 夜。

 遊び疲れて気持ちよさそうに寝息を立てる美音の横で、天井を見つめ続ける功の姿があった。ただ一点を見つめ、とあることを考えている。


 それは、昼間のかくれんぼの際に見た古びた本についてだ。


「妖怪……もう存在するのは確定かな……」


 今まで、何度も何度も更新される『妖怪は存在する』と言うことを裏付ける証拠。

 もはや、彼の“ここは江戸時代だ”と言う憶測すら塗り替えようとしていた。


 ため息をつき、夜着の下で寝返りをうつ。隣の美音が視界に映った。

 彼女を見ながら考える。



 “ここ”はどこなのだろう。



 今まで自分は、江戸時代にタイムスリップしたと予想していた。それだけでも、十分に不思議なことだが。

 ただ、色々な情報を知っていく中で、新たな予想が生まれた。



 “ここ”は……いや、『この世界』は……。



「……!」


 目を閉じた瞬間、誰かに声をかけられた気がした。

 夜着をどかし、上体を起こして辺りを見渡す。当然、誰も居ない。


 聞き間違いだったかと、起こした上体を再び敷布団へ沈める。


『……に……でて……』

「……っ!」


 聞き間違いではなかった。確かに、誰かが自分へ何かを言っている。


『外に……出て……さい……』

「……外?」

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