154話 コウの過去 17
聞き間違いではなかった。確かに、誰かが自分へ何かを言っている。
『外に……出て……さい……』
「……外?」
首を傾げながらも、無視するわけにもいかず体を起こした。警戒しながら玄関へ忍び歩きで向かう。
玄関に到着し、草履を見下ろした時ふと思い、小声で言った。
「……あなたは誰ですか」
そもそもの話、まだ相手が誰なのかを確認していない。もしかすると、妖怪かも知れない。
『声……遠……外に出て……さい』
「……」
相手を確かめようにも、会話ができなければ意味がない。
そう思った功は、恐る恐る玄関口を開き、危険がないか十二分に確かめてから外へ出た。
「……出ましたよ」
『ありがとうございます。やはり、壁を挟むと言霊の精度が落ちるものですね』
先程の途切れ途切れの声が嘘のように、すらすらと話す女性の声が聞こえてきた。
しかし、その姿はどこにもない。頭の中に直接聞こえるとかではないが、どこから聞こえてくるかは分からなかった。
「えっと……あなたは?」
『初めまして、功さん。私は……名は特にありません』
名前が無い?
「……そうですか。それで、なんのようですか?」
『単刀直入に言います。功さん。1度、御神木の元へ来てくださいませんか? そこでぜひ、あなたとお話がしたいのです。そこで、私の正体も明かしましょう』
御神木……それは、総一郎に連れて行ってもらった場所のことか?
「千年桜にですか?」
『いえ、もう1つの御神木へです』
もう1つ……そういえば、昼に総一郎がそのようなことを言っていたか。
彼はもう1つの御神木は森の奥にあると言っていた。子共1人で森に呼び出すなど、普通はあり得ないだろう?
そもそも自分を呼び出して、なんのようだ?
そんな疑問を感じ、問いただす。
「俺を呼び出して、なにをするつもりですか? 自分が誰かも教えてくれないのに……」
『……最もな疑問ですね。では、まず私とあなたの関係を分かりやすく、述べましょう』
月明かりだけが地上を照らす、少しだけ足がすくむ空間。ざわざわと、風が木を揺らす音が今の心境を煽る。
『あなたを助けるよう、美音さんに言霊を飛ばしたのは私です』
「……っ!?」
その言葉に、功は驚愕した。総一郎の言っていた言霊を出した妖怪とは、この声の主のことだったのだ。
『私は、あなたがここへ来たその瞬間を知っています。そして、今日あなたと接触したのは、あなたの正体が知りたいからです』
「正体……」
当然悩んだ。
相手は得体の知れない存在。しかし、自分がここへ来た謎のことを、少しでも知ることが出来るかも知れない。
話が本当ならば、実際に1度彼女(?)には命を救われたことになる。
それなら、状態は分からずも、少しは信用してもいいのかも知れない。
「……絶対にここに、無事に返してくださいよ」
『ええ、もちろんです。あなたの身の安全は保証しましょう』
「……分かりました」
自分の身に起こっている謎の答えへ、少しでも近づけたら……。
そんな、藁にもすがるような思いと合わさり、功は渋々承諾した。
『では、早速こちらへ向かってください』
「……あの、道がわからないんですけど。そもそも、門も閉じていますし」
この屋敷は塀でぐるりと囲まれている。門が閉じていたら、当然出ることは出来ない。
ましてや、秘密裏の行動なのだ。総一郎に馬鹿正直に開けてくれと、頼めるはずがない。
『ご心配無く。では、まず右方向へ歩いてください』
「は、はぁ……」
『突き当たりまで歩いたら、左の松の木へ』
「……」
そのように動くと、目の前には彼女の言った通り、松の木があった。
『その子は、形状からして子供でも比較的安全に登ることができます。そして、太い枝が塀の上まで伸びているでしょう?』
「その子……? は、はい」
その松の木の枝を目で追ってみると、たしかに枝は塀の向こうへ伸びていた。
『それを伝って外へ出てください。戻る際は、近くに似たような子がいます』
「……折れたりはしないんですか?」
『大丈夫ですよ。その子は平気だと言っていますから』
先ほどから松の木のことを、“その子”と呼んでいることに疑問を抱きつつ、言う通りに松の木を上り、枝を伝って塀の外へ向かう。
幸い、枝は曲線を描きながら地上へ向かっていたため、難なく飛び降りることができた。
着地の際に着いた手の泥を払い、周囲を見渡す。やはり、声の主らしき人はいない。
周辺にある建造物は、背後の塀だけ。塀の近くには草程度しか生えていないが、すぐ目の前には森が広がっていた。
思い返せば、彼女は『御神木に来て』と言っていた。と言うことは、その御神木の元から話しかけてきているのだろうか。
『ご心配無く。周囲には何も居ません』
「……そうですか」
『では、数歩左へ。そして、足元の黒い石を目印に、森へまっすぐと向いてください』
言われた通りに動くと、足元に黒い小石が見えた。それを目印に、森へ顔を向ける。
「……!」
その顔を向けた先に、道らしきものを認識した。道と言うよりかは、木々の隙間が真っ直ぐと伸び、森の奥へ続いている。
『その子たちの間をまっすぐ進んでください。しばらくしたら、また曲がるのでその時に』
「……わ、分かりました」
意を決して、森の中へ足を踏み入れた。相変わらず、風が揺らす木々の音が恐怖心を仰ぐ。
『そこで止まってください。次は、右前にある二股の木の方を向き、まっすぐです』
進むにつれ、草木の密度が濃くなっていく。
そんな中を進む功の心境には、変化が現れ始めていた。
森に入る前は怪しいと思いつつも、助けてくれた人(?)らしいと言うことと、自分の身に起きている謎を解明できるかもしれないもの思い、その人物への警戒はあまりしなかった。
しかし、今になってみて思う。
本当に危険はないのか?
今更ながらに警戒し始める功。だが、こんな森の奥へ足を踏み入れてしまっては、戻ることは容易ではないだろう。
立ち止まり、後ろを確認してみる。当然、薄暗くどこまでも木々が続く景色の中に、自分が通って来た道だと自信を持って言えるような所は見つからない。
『安心してください。帰る際もきちんと案内しますから』
どこからか聞こえる女性の声。
そもそもの話し、どうやってこちらの情報を得ているのだ? あたかも監視しているかのような発言にも、寒気やら警戒心やらを煽られる。
相手が妖怪であることは間違いない。
問題は、友好的なのか敵対的なのかだ。今現在の状況では、必ずも敵とは決め付けられない。
しかし、友好的ならばなぜ人里離れた森の奥にある御神木を、待ち合わせ場所にしたのか。
街中に来いとは言わないが、もう少し近い場所でも良いんじゃないのか?
……そういえば、御神木で正体を明かすと言っていたか。
声(言霊)の主の正体について考えてみる。
代表的な妖怪と言えば、やはり“鬼”だろう。だが、他にも妖怪は沢山いる。
今日見た妖怪の本には、河童も長く生きたら、人に友好的に接すると書いてあった。
もしかして、声(言霊)の主は河童と言うこともあり得るのか? 声色からして女性だが……。
自分を襲った河童を元にした、年老いたメスの河童イメージが脳裏に浮かぶ。
「……」
勝手なイメージだが、かなりキツイ。相手がそれではない事を祈ろう。
『そろそろ着きます』
それが聞こえた時、前方に半分ほど草木と同化した階段が見えた。階段もほとんどが加工されていない石で出来ている。
階段手前の茂みを抜け、その階段の先を見上げた。
その先にあったのは、天へまっすぐと伸び、立派なしめ縄を巻かれた太い杉の木の幹。その上には四方へどこまでも伸びる枝。
大きさは千年桜と同じか、それよりも大きい。
背景にある光を放つ月が枝の隙間からこちらを照らし、御神木の存在感を際立たせている。
千年桜も圧巻の美しさであっが、こちらの杉の御神木も夜空との組み合わせがとても美しい。
功は正直なところその光景が目に焼き付くほど見ていたかったが、ここに来た本題を忘れてはいけないと、見上げる顔を下げて辺りを見渡した。
声(言霊)の主を探さなければ。
「……どこですか? 御神木に着きましたよ」
『私はあなたのすぐそばにいます。分かりませんか?』
「え……?」
そう言われ慌てて周囲を見渡すも、やはり誰もいない。
「……誰も居ませんよ?」
『いえいえ、目の前に居るではありませんか』
「……え」
このベタなセリフ……。
まさかと思い、目の前にある物を“見上げた”。
「も……もしかして……」
『ふふ、ようやく気がつかれましたか?』
功の目線の先にあるのは“御神木”。
すると、その幹の中心あたりから功の背丈ほどある光の球が出てきた。
その光の球は不思議なことに、光っているものの周囲を照らしていない。
『さて、では約束通り私の正体を明かしましょう』
言葉を失っている功の目の前まで移動して来た光の球。今まで聞こえていた女性の声は、そこから聞こえてくる。
『私は御神木です。もう少し細かに説明をさせていただくと、正しくはこの御神木に宿る精霊……“木霊こだま”です』
光の球はふよふよと浮き、功の目の前を移動している。そんな光の球を、彼はただ見つめるだけだった。
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