146話 コウの過去 9



まるで、本当に現代技術が存在しない世界に……江戸時代に迷い込んだような心境。


「ほっほっほ、その様子じゃと、相当気に入ってくれたようじゃなぁ」

「は……はい……」


 功は、本当にタイムスリップしたとしか思えないような、美しい光景から目を離せぬまま答えた。

 きっと、日本人であれば、誰でもこの光景に心奪われるだろう。


「ほっほ、気に入ってくれたのは嬉しいが、いつまでもここに居るわけにはいかないからのう。どうじゃ? あの街へ実際に行こうじゃないか」

「は、はい……」


 惚けたまま二つ返事で答える。再び2人は階段を下り始めた。



 街へ降りると、また違った感動を覚えた。

 道行く人々は、視界の端から端まで全員和服を着ている。鮮やかな赤や落ち着きのある紺色など、様々だ。

 見下ろした時にすでに気が付いていたが、やはり現代日本を感じさせる物は何1つとして無い。


 それらを見ていると、タイムスリップを裏付けられたような気がした。


「どうかのう? わしの自慢の街は。美しいじゃろう?」

「は……はい……すごいです……」


 ただ街並みに感動しながら、その中を進む。

 すれ違う人達。男性なら刀を、女性なら和傘を。当然それ以外の人達も沢山。自分達を追い抜く人力車の、車輪の地面を踏む音が耳へ入る。


 ……さっきっから、景色しか頭に情報として入ってこない。


 功がそんな事を思った時、とある店に到着した。店先には野菜が多く並べられている。

 すると、店奥にいた女性が出てきた。優しそうな人相のおばさんである。


「おやご領主様。今日も来てくれたのかい?」

「ちと夕餉分の大根が欲しくての。あとついでに、裏の肉屋から猪肉でも買っておいてくれんか。ここから裏へ回るには時間がかかるからのう」

「またかい? ……まったく、うちは八百屋だよ? 食べ物問屋じゃないんだから……まぁ、ご領主様の頼みとなれば、断る道理はないけどさ」

「ほっほ、すまんのう」


 2人の会話を聞いていると、総一郎が偉い立場の人間なのかを疑いたくなってくる。しかし、この女性が「ご領主様」と言っている事から、この街の領主であることは疑いようはない。


「おや、見慣れない子だねぇ」


 女性が功の存在に気がついたようだ。


「ご領主様、誰だいその子は?」

「この子は功君じゃ。ちと事情があって、保護したんじゃよ」

「えっと……はじめまして、功と言います」


 とりあえず自己紹介を。そう思い、頭を下げる。


「おや、見た目の歳の割に礼儀がなってる子だね。そうだ、ちょっと待ってておくれよ」


 女性はそう言うなり、店奥へ向かう。


「……!」


 すると、彼女の入って行った奥の部屋の壁に、長い物が掛けられていることに気がついた。

 しかし、それは戻ってきた女性に遮られ、見えなくなってしまう。


「待たせたね」


 声をかけられ、ハッとして彼女へ目を向ける。彼女の手には巾着袋が握られていた。そして、その中から何か丸い物を1つ取り出す。


「ほら功君、口を開けておくれ」

「え……あ、あー……」


 言われた通りに口を開けると、なにか丸いものを口内へ入れられる。下で転がしてみると、ほんのりと甘みを感じた。

 袋の中には、紙に包まれた飴が複数個入っている。


「この間、久しぶりに帰ってきた馬鹿息子が、手土産に飴を買ってきてねぇ。ただ、1人で食べるには少し多くて困っていたところさ。仕事中に食べる訳にもいかないからね」

「ほっほ、これは随分と気前がいいのう」

「あ……ありがほう……ごふぁいまふ……」


 ゴモゴモと口を動かし、お礼を言う功。

 なにしろ、飴がでかい。スーパーとかで売っていた“みぞれ玉”と言う、そこそこ大きい飴よりもでかい。

 功はただえさえ、子供の体になっている。口から落ちないように喋るのが精一杯だ。


「はっは、礼なんていいのさ。あ、でもその巾着袋は返しとくれよ」

「では、今度また買い物に来た時にでも返すわい」

「あいよ。それで? 買ったもんはいつも通り、道場から帰って来た時に渡すってことでいいのかい?」

「そうじゃな。それで頼む」


 八百屋を後にし、街中を進む。

 口の中の飴を必死に舐め溶かし、片頬に収まるくらいの大きさにしてから、総一郎へ話しかけた。


「ふぉ……総一郎さん」

「なんじゃ?」

「さっきの人、いい人でしたね」

「うむ、そうじゃろう。この街は規模は小さいが、住民は皆あのような者達ばかりじゃ」


 それは、なんとなく伝わって来た。今まで見た人達も、人が良さそうな人達ばかり。


 そんな中、1つ疑問に思ったことがある。


「領主なのに、そんなにフレンドリーで良いんですか?」


 これだけ広い土地の領主であれば、かなり偉い立場であることは確実だろう。

 しかし、先程の彼の様子からみるに、その威厳は感じられない。統治する側として、それで良いのか。

 そもそも、あんなに大きなお屋敷なのに、美音と2人暮らしだなんておかしくないか? 買い出しだって、領主本人がしている。

 それが功の疑問だった。


「……はて、ふれんどりとはなにか?」

「あ……えっと……偉い立場なのに、こんなに馴れ馴れしくしていいんですか?」

「ああなるほど、そのことか」


 すると、彼は歩きながら話した。

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