127話 逃げる 3


 ポチと初めて会話した時ミフネと、同じことを言っている。ポチの味方ではない。

 そう思うと、無意識のうちに拳を握りしめていた。


「ポチが『君の味方』と言う事は、この行動を見れば疑いようはない。でも、『俺達の味方』かどうかは分からない。裏切る可能性だってね」


 ここでカイトは思った。

 彼らはポチの過去について知らない。きっと、それを聞いたらポチのことを信じてくれる。


 しかし、今はそれを説明している暇はない。

 一刻も早くポチを救出しないと。ふと、とある記憶が脳裏によぎる。


「だから、悪いけど……」

「……お願いします」

「! ……や、やめてくれよ」


 ため息をつくコウの視線の先には、涙目で頭を下げるカイトがいた。


「お、俺が悪者みたいじゃないか……やめてくれないかな」

「お願いします。助けてください……」

「……うーん……」


 数回頬をかくコウ。そして、小さくため息をついた。


「カイトく……」

「ね、ねぇあれ!」


 コウの言葉はリティアの声に遮られた。

 リティアはとある方向を指差している。コウとカイトもそちらへ目を向けた。


「……!」


 そこには、上下に揺れながらこちらへ近づいて来る“翼”があった。

 木の影に隠れてその翼以外見えないが、間違いなくポチのものだ。


「ポチ……!」

「待ってカイト君」


 それに駆け寄ろうとする カイトをコウが引き留める。何かと思い見上げるカイトの目に、翼の方をじっと見つめるコウが映った。


「よく見て。様子がおかしい」


 首の方向を変えずにそう告げられる。言われた通りにその翼を見た。


「……あれ?」


 その翼はこちらへ近付いて来てはいるが、動きがおかしい。翼の先が地面すれすれの位置にある事や、なにより付け根に近い部分が上下している。


 それは、翼を生やしていた状態のポチとはかけ離れていた。


「もし……かして……」


 最悪の展開が脳裏によぎると同時に、その答えが木の影から現れた。


「まガイ……もノォォぉぉ……」

「……そんな……」


 その翼はとある者の手にあった。その者は、翼の付け根の肉をかじっている。


 アンデットと化した聖騎士長だ。翼を手に持ったまま、2人へ突進してくる。


「き……君達……一体何に追われていたんだい……?」


 その姿を見たコウは、小さな声でそう訊いた。刀に手をかける音が小さく鳴る。

 カイトも聖騎士長から目を離さずに答えた。


「聖騎士長が……アンデット化したんです。ずっと、僕のことを狙って……」

「なるほど……」


 コウが身を反転し構かまえの態勢を取る。

 そして、 カイトへ衝撃的な一言を発した。



「カイト君。この世界に“アンデット”と言うモンスターは居ないよ」



 そう告げると同時に、聖騎士長の目の前まで一瞬で移動しコウは刀を振った。


 一閃。


 刀身は聖騎士長の首へ深々と埋まる。しかし、それは刹那の出来事。

 素早く刀身が鞘へ納められる。その音と同時に首は弾かれたように高く飛んだ。


 首を失った体が覚束ない足取りで数歩歩き、その場に倒れる。


「ふぅ……一か八かだったけど、やっぱり首が弱点だったか。にしても……」


 今まで脅威だった存在があっさり倒され、目の前に倒れている。

 しかし、カイトはそれとは別のことで頭がいっぱいだった。



『この世界に“アンデット”と言うモンスターは居ないよ』



 その言葉が、繰り返し脳内で流れる。


 この世界にアンデットは居ない? なら、その目の前にいた聖騎士長はなに?


 そんな疑問がうまれる。


「コウ……さん……?」


 戻ってきたコウへ、力なく話しかける。


「なんだい?」

「アンデットが居ないって……どういうことですか……?」

「言葉のままだよ。この世界にアンデットと言うモンスターは居ない」


 コウはあっさりと答える。


「だから……“アンデット化”よりも単純に“生き返った”の方が正しいかもね。一応、言葉っぽいのを喋ってたし」


 しかし、カイトはそれに納得できなかった。


 1度死んだ者が生き返る。

 それが事実ならば、魂を扱う“テイル”が関わってくるはずだ。


 だが、それはあり得ない。


 過去の彼の言動から、1度死んだ者が同じ世界で生き返るなど考えられない。であれば、あの聖騎士長は別の形で生き返っているはず。


 腐った身で生き返るはずがない。


 ましてや、その生き返った者が自分を襲ってきたのだ。

 俺にとって友人であるテイルが、関わっているとは、考えたくもなかった。


「違います……生き返ったんじゃありません……!」

「……そうなのかい?」

「はい……断言できます」


 カイトの真っ直ぐな目。それを見たコウは再びため息をついた。


「……そうだね。アンデットは居ないけど、生き返ったなんて話も聞いたことがない。結論づけるには少し早かったかな」

「……はい」

「それよりも、今はアレをどうするかだ。どちらにせよ、あの存在は放って置けない」


 コウは倒れている聖騎士長の死体へ目を向けた。


「あれは不穏分子だ。正体がわからない以上、たとえ死体だとしても安心はできない」

「……そうですね」

「できれば、炎魔術でアレを焼いて欲しいんだけど……君は今、魔術を使えないんだもんね」

「はい……あ、そうだ。コウさん、これって壊せませんか?」


 つけられた腕輪を見せる。

 自分はダメだったが、彼ならば壊せるかもしれない。そんな期待を持って尋ねてみる。


「……ごめんね、それは出来ないよ」


 しかし、その期待はすぐに消されてしまった。


「な……なんでですか?」

「うーん……それより、今はあの死体をどうにかしないと」


 すると、コウはリティアへ目を向けた。


「あの子は炎魔術を使えないかな? もし使えるなら、あの死体を焼いて欲しい」


 リティアが魔術を使えると言う話は聞いたことがない。しかし、使えないとも聞いたことは無い。

 本人に聞くのが一番早いだろう。


 少し離れた位置にいるリティアへ話しかける。


「お姉ちゃん」

「……な、なに?」

「お姉ちゃんって炎魔術使える?」

「……ごめんね。使えないよ……」

「そっか……分かった。とにかく、こっちに来て」


 リティアはゆっくりと立ち上がった。

 カイトの元へ駆け寄ろうする彼女の目に、とあるものが映り込む。

 すると、無意識のうちにそれへ近寄り、拾い上げた。


「ポチさんの翼……」


 それは、聖騎士長がかじっていたポチの片翼。

 自分達を守るために、その身を犠牲にした者の成れの果て。それを手に取ると、悲しみの念が湧き出てくる。


「危ない!」


 しかし、そんな念はコウの叫び声によってかき消された。


「えっ?」


 翼を抱え、コウが向ける視線を追うリティア。


 そこには、首を失った聖騎士長が今にも襲い掛かろうとしていた。


「お姉ちゃん!!」

「くっ!」


 とっさに、リティアへ手を伸ばし駆け寄ろうとするカイトと、刀へ手をかけるコウ。

 しかし、コウとカイトがどれだけ早く動こうと、間に合わない。リティアと聖騎士長の距離は、それほどまでに近いものだった。


「きゃああ!!」


 リティアが悲鳴をあげる。


 だが、それをかき消すように、鈍く大きな音が響き渡った。

 なにか、とてつもなく早い物体が聖騎士長へぶつかったのだ。吹き飛ばされ、木の幹に激突する。

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