124話 リティアの過去  4

しかし、現実は2人を引き離そうとしていた。

 まだ距離があるものの、狼型の魔獣が戻って来たのだ。遠目から2人の様子を伺っている。

 その事に、カイが気がついた。


 最後に……と、リティアへ話しかける。


「……じゃあ、お姉ちゃん……1つ、お願いしてもいい……?」

「……え……う、うん。もちろん……!」


 体を離し、互いの目をまっすぐ見つめ合う。

 カイがリティアへなにか『お願い』をするのは、自分を置いて行くよう言った事以外では、初めてのことだった。


「ボク……絶対に、お姉ちゃんに会いに行くから……生まれ変わっとしても、絶対に会いに行く」

「……うん……」

「だから、また会えたら……その時は……」


 涙を堪え、満面の笑みで言った。



「またお姉ちゃんの弟にしてね!」



 無理に笑顔を作り、声を出したからか。再び胸から出血する。それを見たリティアは、静かにうつむき、唇をかみしめた。


 そして、ゆっくり上げられたその表情は、無理矢理に作ったような笑顔だった。


「うん……約束……する……また会えたら……絶対に」


 その返答を聞いたカイは、静かに顔を下げた。そして、再び弱々しい声で告げる。


「うん……だから……『またね』……お姉ちゃん」

「……うん……『またね』カイ……」


 うつむいたカイへそう答えた。


「……カイ……?」


 しかし、うつむいたカイが、再び顔を上げることは無かった。


 ただ、静かに眠っているように……。


 目から大量の涙が流れ出る。

 それを拭いとって立ち上がり、壁へ向かって走り続けた。




「……その後、壁まで走った私はパパが出した人に助けられたんだ……」


 俺はただ、彼女の話す過去を黙って聞いていた。


「パパはカイを探してくれたみたいだけど……結局見つからなかったんだって……あれ?」


 すると、リティアさんが何かに気がついたようで、俺の顔を覗き込んできた。


「泣いてるの……?」


 黙ってうなづく。

 先ほどから、俺の視界は霞んでいた。こんな話を聞かされて、泣かずになんていられない。


「ねぇ……ちょっとこっちに来て……」


 小さく手招きをする彼女に従い、身を寄せる。すると、ゆっくりと、優しく抱きしめられた。

 耳が彼女の胸へ密着する。静かな心音で心が安らぐ。


「やっぱり……カイとおんなじ……」


 そんな声が、さらさらと髪を撫でる音と共に聞こえた。

 この言葉で1つ確信を得た。

 俺は彼女の弟の、カイさんにそっくりなんだ。だから、彼女はこの姿を初めて見たときに泣いていたんだ。


 すると、頭を撫でる彼女の手が突然止まった。何かと思い、顔を伺う。


「……カイト君……お願いがあるの……」


 お願い……?」


「私……カイト君のお姉ちゃんになりたい」

「……!」


 黙り込む俺に、彼女は話し続ける。


「もし……ダメだとしても、カイト君のそばにいさせて欲しいの」

「……」

「……私……カイト君が、カイの生まれ変わりだって信じてるから……」


 彼女の寂しそうな表情が目に映る。

 それを見ていると、忘れかけていた記憶が蘇った。



『ずっと……こうしたかった』



 ワイバーン山岳で見た夢。それの、“約束”以外の記憶。

 夢に出て来て、俺に“約束”をさせた人物に今と同じような体勢で、抱きしめられている。


 そして、もう1つ蘇った記憶がある。



『ちょっと寂しいけど……お姉ちゃんをお願いね』



 誘拐される直前に見た夢。

 今だからこそ分かる。あの夢に出て来た俺にそっくりな男の子は、リティアさんの弟だったのだ。


 今思えば、とある事の予想がつく。


 彼の『君はボクだ』と言う発言。

 そして、リティアさんが話してくれた、彼と決別した日は5年前。それは奇しくも、俺がこの世界に来た日と同じくらいだ。


 もしかして……この姿って、カイさんから引き継いだのかな……?


 本当にそうだとすれば、この体をくれたテイルが関わっているのは明白だった。

 それに、彼のおせっかいな性格を考えれば、俺に『姉』を与えるためにやった事だと納得出来る。



『“私の代わり“を本当のお姉ちゃんみたいに思って欲しいの』

『ちょっと寂しいけど……お姉ちゃんをお願いね』



 夢に出てきた2人の人物。彼らからは同じことを頼まれた。

 そして、今感じている『お母さんやお父さん』に抱きしめてもらっているときと、似ていて少し違う温もりと感情。


 俺の中に、1つの思いが生まれた。


「……リティアさん……」

「うん……? なぁに……?」

「実は……僕、お姉ちゃんが“いたんです”」

「……え……?」


 彼女に、姉の事を話す事にした。


「……もう、顔も覚えてないくらい昔に、行き別れて……」

「……そうだったんだ……」


 それを、リティアさんは抱きしめたまま聞いてくれた。


「……でも、この前……夢に出てきたんです」

「……夢に……?」

「やっぱり顔は思い出せないけど……今こうしているように、抱きしめてくれて……」


 あの夢に出てきた姉のように俺を抱きしめ、話を聞いてくれているリティアさんへ、さっき生まれた思いを伝えた。



「僕……リティアさんに、お姉ちゃんになって……欲しいです」



 心からそう思った。お母さんやお父さんに抱いだいた感情と同じ……。


 一緒に居たい……。


「ほ……本当……に……? お姉ちゃんに……なってもいいの……?」


 そう訊いてきた彼女の体は、小さく震えていた。

 そんな彼女へ笑顔で答える。


「うん……お姉ちゃんになって欲しい」


 すると、彼女の安堵したように緩み、目からは大量の涙が溢れ出した。

 そして……優しく、しかし力強く、抱きしめてきた。


「ありがとう……本当にありがとう……!」

「……うん……」


 彼女はボロボロと泣きながら、お礼を言い続けた。


「ありがとう……私、約束破るの……怖かった……でも、もう……」

「大丈夫……お姉ちゃん……」

「……!」


 そう呼ぶと、彼女はついに声を上げて泣き始めてしまった。


「ね……ねぇ……カイト君の事、『カイ』って呼んでもいい……?」

「うん……いいよ。お姉ちゃん」


 もしかすると、俺と生活している間はずっと、不安に思っていたのかもしれない。


 でも、もう不安がる必要はないだろう。

 俺と彼女の関係は『姉と弟』なんだから。


 泣きじゃくる彼女の体を、抱きしめる。互いに抱きしめ合う大勢になり、互いの体温を感じ合う。


「あったかい……」


 やっぱり、お母さんやお父さんとは少し違うけど……これも好きだ……。


 もう少し……このまま……。



「まガイものぉォオおお!!!!」



「っ!?」

「え!? なっなに!?」


 突然、俺たちがいる丘に叫び声が轟いた。


 ま……まさか……!?


 お姉ちゃんから手を離し、毛布から飛び出して声の聞こえた方向を確かめる。


「……ウソでしょ……!?」


 そこには、アンデットと化した聖騎士長がこっちに、叫びながら走ってきていた。

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