120話 リティアの過去 1



「リティアさん。これ、荷台に入ってたんですけど食べますか?」

「うん。ありがとう」


 リティアさんにリンゴを手渡す。荷台とは、彼女が閉じ込められていた馬車の物の事だ。


 あの中には、リティアさん以外にも様々な荷物が載せられていて、その中からリンゴ2つと毛布を1枚持ってきた。


 今は、その毛布に2人で包くるまっている。


 リンゴをかじりながら、辺りを見渡した。

 今俺たちがいるのは、緩やかな丘の頂上に生えた1本の木の根本。ここなら、誰か来たとしてもすぐに分かる。


 空にぽっかりと浮かんだ満月が、夜にも関わらず地面へ影が出来るほど辺りを照らしていた。

 聞こえるのは、風が木や草を揺らす音だけ。


 それらにより、不覚にも心地よさを感じてしまう。


「……んっ」

「……?」


 すると、リティアさんが身を寄せてきた。彼女の体温がじんわりと伝わってくる。


 ちなみに、先ほど彼女にはちゃんと謝ったのだが、泣きながら『やめて!』と言われてしまった。

 なにか間違えたのかな……?


「ねぇ……カイト君」

「な、なんですか?」


 彼女が、一口かじったリンゴを見つめながら話しかけてきた。


「なんで、私の居場所が分かったの?」

「それは……馬車の跡を追って、目に入る馬車全部の荷台を調べたんです」

「ぜ……全部の……!?」


 俺の返答に、彼女は少し驚いている。


「はい。……片っ端から全部。そしたら、騎士が引いてる馬車を見つけて……近づいたら、中からリティアさんの泣き声が聞こえたんです……だから、絶対にこれだって思って……」

「そうだったんだね……」


 リティアさんはリンゴから目を離さずに、そう呟いた。

 そうだ。俺も気になる事が……。


「あの、リティアさん……」

「……なぁに?」

「僕からも、1つきいていいですか?」

「……? うん、いいよ」


 俺が気になる事……それは……。


「どうして……僕の事を守ってくれたんですか……?」

「……!」


 彼女は俺を守ってくれた。それも、自分の何倍もある大男から。

 それは、並大抵の理由がない限り出来ない芸当だと思う。


 それに、他にも気になっていた事はある。それは、日頃の彼女の言動だ。

 彼女は、俺に慣れすぎている気がる。行動も発言も、まるで本当の家族へむけたようなものだった。

 それ自体は全然構わない。というか、その方がいい。


 でも、異国の地の上に種族も違う。そんな、ついこの間会ったような人間に、そこまで早く慣れるものだろうか?

 現に、俺以外の人達にはどこか遠慮気味というか、おどおどとした反応をする印象がある。


「……そうだよね……」

「……?」

「ずっと、黙ってちゃだめだよね……」


 すると、驚いた表情だった彼女が、そう呟いた。表情も何かを決心したようなものへ変わっている。

 何かと思ったら、突然彼女の顔がこちらへ向いた。


「カイト君。今から、変な事を言うけど……いいかな」

「は……はい……」


 へ、変な事……? 


 その表情は、今まで見た事がないほど真剣だ。距離が近いこともあり、若干尻込みしてしまう。


「私……前に、双子の弟がいるって言ったの、覚えてる?」

「……覚えてます。たしか……カイさんですよね」

「うん。そうだよ」


 前にワイバーン山岳で聞いた話だ。

 あの時は、『双子の弟がいるけど今は会えない』と言っていた。

 それを聞いた俺は、カイさんはエルフの国にいるんだと思ってたね。


 しかし、そこまで言ったリティアさんの表情は、とても寂しそうなものだった。


「カイは……とっても頭がよくって、頼りになって……私は本当に大好きだった」


 ……『だった』?


「それ……でね? カイは……私みたいに、黒髪で黒目で……」


 すると、リティアさんの目が再びこちらへ向けられた。その瞳には、俺が映っている。


「顔は、カイト君とそっくり……」

「……え……」


 俺とそっくり……? 

 誘拐される直前の夢に出てきた、俺と瓜二つの男の子が頭に浮かんだ。


「カイト君……よく聞いてね」

「は……はい……」


 真剣な表情のリティアさんに、両肩を掴まれる。俺は何もせず、彼女の言葉へ全神経を向けた。


 そして次に聞こえた言葉に驚愕する。



「カイト君は……カイの『生まれ変わり』かも知れないの。……ううん……そう信じてる!」



「……え……!?」


 俺が……カイさんの生まれ変わり……? い、いやそれよりも……生まれ変わりって事は……。


 あまりに突拍子のない事に、頭の整理が追いつかない。

 俺が生まれ変わり? なんで? もしかして、顔が似ているだけで勘違いしている?


 そんな俺の心境を感じ取ったのか、リティアさんは俺の両肩から手を離した。


「ごめんね……急にこんな話……困っちゃうよね……」

「い……いえ……」


 リティアさんはうつむいて、弱々しくそう言った。その目には涙も浮かんでいる。

 そんな彼女の顔を見ていると、次第に1つの思いが出てきた。


「リティアさん……」

「……なに……?」


 うつむいていた彼女の顔がこちらへ向く。一滴の涙が頬を伝った。


「……カイさんに……何があったのか、教えてくれませんか……?」

「……!」


 なにがあったのか知りたい。


 たとえ知ったところで、どうにかなるのかは分からない。でも、聞かずにはいられなかった。


「……うん、いいよ。……長くなっちゃうけど、いいかな……?」


 黙ってうなずく。

 リティアさんは、ゆっくりと、静かに、話し始めた。




 5年前 エルフ国。


 近年、この国では近辺で起きている、モンスターの大量発生が問題視されていた。

 今まではなんとか対処していたが、モンスターは年々数を増加させている。

 モンスターが多くのエルフが住む国の中へなだれ込むのは、時間の問題だった。


 そんなエルフ国の王城の地下。

 そこでは、幼いエルフが数人に囲まれて連行されていた。


 黒い髪を腰まで伸ばした少女。当時7歳のリティアだ。

 自分の手を掴んでいる大人のエルフの手から逃れようと、必死に抵抗している。

 彼女を掴んでいるのは、エルフ国の大臣だ。


「離して! 離してよ!」

「黙れ忌子! 大人しくついて来い!」

「痛い!」


 しかし、大臣の手にさらに力が入れられ、痛みが走る。

 そんな彼女の後ろにもう1人の幼いエルフが、同じように連行されていた。


「離してください。こんな事をして、ただではすみません」

「っ……減らず口を叩くな!」


 彼は知的な口調で話している。黒髪黒目、やや垂れ目気味の丸い目はリティアと似ている。


 リティアの弟のカイだ。


 2人は王城地下の部屋へと連れて行かれた。

 到着すると、乱暴に部屋の中心へと移動させられる。


「うっ……うぅ……」

「お姉ちゃん……大丈夫……?」


 部屋の中心で尻餅をつくリティアへ駆け寄るカイ。

 無事を確認すると、自分たちを連れてきた大臣を睨みつけた。


「これ……パパは知ってるんですか? ここに連れてくる事をパパは許したんですか?」


 すると、大臣と他の大人のエルフ達は図星を突かれたような表情を見せた。

 その中の1人が声を荒げる。


「黙れ忌子が! 貴様らが産まれたせいで、モンスターの大量発生が起きてるのだろう!」

「モンスターの大量発生は、ボク達が生まれる前から起きているはずです。それなら、ボク達は関係ないはずです」

「っっ!!」


 的確な指摘が飛ぶ。それを受け、大臣はワナワナと震えた。


「黙れ! 黙れ黙れぇ! 王は錯乱されているのだ! 貴様ら忌子を匿うなど、王ならざる行為! 貴様らが呪いで惑わしているのだろう!」

「なっ……」

「貴様らが死ねば、王も正気に戻ってくださるはず!」


 その大人エルフは完全に我を見失っていた。


 古くから伝わる、災を呼ぶ黒い髪のエルフの伝承。

 それを受け、国の危機の責任をリティアとカイに押し付けていたのだ。


「おい! やれ!」


 大人エルフが命令すると、周囲にいた他のエルフが魔状を構えた。


「っ!」

「っ!?」


 すると、リティアとカイの足元に魔術陣が出現する。


「光栄に思え! 貴様らにこの国の秘蔵魔法、“転移魔法”を使ってやる!」

「なっ、やめてください!」

「自分達で発生させたモンスターに喰い殺され、産まれた罪を死んで償え!」


 魔法陣が光を放ち始めた。その時、光の外側から怒鳴り声が聞こえてくる。


「おい! 何をしているさっさとしろ!」

「は……はっ、申し訳ありません!」


 それを最後に、リティアとカイの視界は闇に包まれた。

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